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紙芝居:「法然上人物語・念仏への道」 その2

 父親を闇討ちで亡くされた《法然上人》こと〔勢至丸〕さまに、さらなる不幸は続きます・・。
それは御家『漆間(うるま)家』の没落でした。
 そこで母君は、勢至丸さまを母の弟の〔お寺〕に預けることにしました。
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 母の弟は、〔観覚〕という立派なお坊さまで、勢至丸さまはそこで仏教の初歩を学びました。
 そののち、〔勢至丸さま〕十五歳の年、京都の比叡山:延暦寺にのぼり、そこで正式に出家し、《法然房:源空(げんくう)》と名を変え、そこで厳しい修行生活に入られたのでした。
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 比叡山で、法然さまは脇目もふらず、すべての《お経》を読破して行かれました。
 それも、すべてのお経を五回も読まれたのです。(ひょっとすると、それは〔父を殺された怨みを忘れる方法〕を、探す為だったのかもしれませんねぇ。トラウマがあったんと違うかなぁ・・余談)
 こうして、いつしか法然さまは《智慧第一の法然房》と呼ばれるようになっておりました。
 しかし当の法然さまは、「いくら星の数ほどお経を読んでも、いっこうに救われた気がしない!」と嘆かれ、
やがて二十五歳の時、一度お山を降り、旅に出られました。
 京都や奈良の有名な寺院を尋ね、多くの人々に会い、教えを乞いました。
 しかしそれでもダメで、「もう一度、比叡のお山で、一から勉強し直そう!」と決心され、又〔比叡山〕に登られたのでした。
 この時、すでに〔法然上人〕四十三歳になっておられました。 つづく