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紙芝居:「悲劇の哲学者 三木清伝」(その7)最終回

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 そして、昭和二十年九月二十六日。
 終戦後も(三木清は歴史から忘れられたかのように、)釈放されず、豊多摩刑務所の中で病死します。
 死因は、この刑務所の衛生状態が悪かった為だと伝わっています。
 法名『真実院 釋清心』。
 行年 四十八歳の若さでした。
 三木清の寂しさを表わした言葉が、一つ残っています。
『孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。』
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 三木清は、「正しく美しく生きる事が、哲学であり、知識だけで終わらせてはダメだ。」と言っています。
 現実を見つめながらも、『人間らしく生きる』為に、どうしたら良いかと考え続けた彼でしたが、その志の途中、激動時代の犠牲者になってしまいました。 
 彼の若き日の詩が、一つ残っています。
『しんじつの 秋の日 てれば せんねんに 心をこめて 歩まざらめや』。
 今、彼の故郷、播州竜野市に、この詩と共に[三木清哲学碑]が建っています。 おしまい
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(龍野市 霞城館)
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(三木清コーナー)
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(龍野市 三木清哲学碑)

コメント一覧

マロンさん 2016年03月07日(月)06時33分 編集・削除

先日は狭山池博物館で、奇跡の出会いをさせて頂き、感激して居ます。重源和尚の紙芝居が出来て、皆さんに喜んで貰い、一番いい時に来て頂けました。お話が出来ず残念でした。本日「狭山池築造1400年記念ガイド」を、お送りしますので、見て下さい。お元気そうなお姿を拝見して喜んでします。