
やがて、その『阿国』の噂を聞いた時の二代将軍[徳川秀忠]は、「その京の都で人気の踊り子、阿国とやらのかぶく踊りを是非、お城で見てみたい!」と所望し、呼びつけて観覧しました。
‥が、(超まじめ人間)秀忠は、その阿国が肌や素足を露わにし、髪を振り乱し踊る姿を見て、「‥徳川幕府がこれから築いてゆく社会の風紀に、この踊りの芸は良くない!」と、阿国歌舞伎を禁止にしてしまいました。
‥落ち込む阿国。そしてその後、彼女は都から忽然と消えてしまいます。
それから、阿国はどうなったでしょう?
‥おそらくこれは想像ですが、阿国は故郷の出雲に帰って、静かに余生を過ごし亡くなったと考えられます。
現在、島根県出雲市に、[歌舞伎始祖]として阿国のお墓が建っています。つづく
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紙芝居『歌舞伎のはじまり』(その3)
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