※はじめに〜このお話はおそらく、いや絶対!フィクションでしょう。‥知らんけど。が、なぜか「さもありなん。」と思ってしまう?信憑性がある。
‥だから、紙芝居にする価値はあると思って、(一休ファンの僕は)思わず作ってしまったおちゃらかな作品です。
おそらく、このお話は一休さんの『有漏路(うろじ=この世)より 無漏路(むろじ=あの世)へ帰る一休み 雨ふらばふれ 風ふかば吹け』という有名な歌をヒントに、一休さんならおそらくこう書くだろうと、どなたかが作られたのでは?と僕は思っているのだが、それこそ、知らんけどや。
それでは、楽しんで見て下さい。はじまり、はじまり〜
昔むかしのお話。
ここは、有名か無名かは知らんけど、一休寺(いっきゅうじ)。
とんちで名を馳せたお坊様、一休(いっきゅう)さんも.いつしか88才のご高齢になっておりました。
そしていよいよ、このお寺で臨終を迎えようとしておりました。
一休さん、布団の周りに集まったお弟子たちに言いました。
「良いか、弟子たちよ。わしが死んだら困った事がいろいろと起こるかもしれん‥。知らんけど。こればっかりじゃ。
そこでじゃ、わしはここに『遺言状(遺書)』みたいな物を書いておいた。この「遺言状」には、どのような難題が起ころうとも、解決できる秘策を書いておいたんじゃ。
‥良いか、もうどうしようも無くなったら、(浦島太郎の玉手箱みたいに)皆でこの遺言状を開いて読むのじゃ。わかったな‥。」と言って一休さんは亡くなりました。
そして、一休さんのお葬式は弟子たちによって、厳かに行われました。
その後、初七日も終わり、四十九日の満中陰法要も無事終わりました。
そしていよいよ、お勤めの後、一休寺の次の住職を決める会議の時が来たのです。
まず、一番弟子の二休(にっきゅう)さんが.口を開きました。
「この一休寺の、次の住職は年齢の順番からいうと、このわしであると思うのだが、皆はどう思うか?」と言いました。
すると、その前に座っていた三休(さんきゅう)さんが、
「いやいや、兄弟子。お言葉ですが、年は若いですが、この三休は以前より、お師匠さまの一休さまより、『三休、後は頼んだぞ』と言われておりました。
このお寺を継ぐのは、やはり私ではないでしょうか。」と言い、中々決まりません。
そして、ついに大喧嘩になってしまいました。 つづく
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紙芝居『一休さんの遺言』(その1)
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