住職のつぼやき[管理用]

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豪商『加賀屋甚兵衛』の紙芝居取材~『二人の甚兵衛』プロローグ

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(大和川河口近く)
 まもなく完成する紙芝居「二人の甚兵衛、中甚兵衛と加賀屋甚兵衛」の最後の取材に、加賀屋甚兵衛所縁の地、加賀屋新田会所跡(大阪市住之江区)に行って来た。(今回で二度目)
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(加賀屋新田会所跡)
 以前、大和川の流れを変えた男・中甚兵衛の紙芝居(紙芝居メニュー127)を作った時から、ずっと胸につかえがあった。

 それは、中甚兵衛が大阪の洪水被害を無くす為と「新大和川」を完成させたが、川の河口に土砂が思ったより多く流出し、その結果、返って河口側の人々の生活に迷惑を掛け恨まれる原因の一つとなったからだ。
 それをそこに「新田」を多く作る事によって、人々が生きる糧となる場に生まれかえらせ、問題を解決させた一人が、僕は(結果的に豪商になった)加賀屋甚兵衛だと思うのだ。
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(加賀屋新田会所屋敷)
 それで、どうしても加賀屋甚兵衛の紙芝居を作り、中甚兵衛の苦しさを和らげたかった。
 そして、自分の気持ちも楽にしたかった。
 それが、この名前だけが同じで縁もゆかりもない『二人の甚兵衛』の紙芝居の主題だ。
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(甚兵衛が作った高砂神社)
又、加賀屋甚兵衛のいつまでも故郷を思う気持ちや、信仰心の熱さも入れたかった。結果的に甚兵衛は、故郷の神社から分魂を貰い二つも神社を、新田会所近くに作っている。
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(初代加賀屋甚兵衛の墓)
 思ったよりも小さかった一族の中の初代甚兵衛のお墓が近くにあった。
 この紙芝居を作らせて頂いたことのお礼の挨拶を最後にして来ました。
 又、住之江区の町ガイドボランティアの皆さんには、甚兵衛さんの肖像画を見せて頂き大変お世話になりました。深く感謝致します。
 それでは、もうまもなくブログでアップします。

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