
‥その後、[阿国歌舞伎ロス]になった京の都はどうなったでしょう。
知恵のある?都の商売人たちは、こう思いました。
「女性の肌を露出する踊りが、風紀上良くないのなら、男性が肌を見せるなら良いだろう。」と言って‥、
都の商売人たちは、次に若い超美男の男性を集め、今でいうイケメンの若者を募り、歌い踊らせ芝居をさせました。(‥あまり現代と変わらないような‥?)
これは『若衆歌舞伎(はたまた野郎歌舞伎)』と呼ばれて、大ヒットしました。
‥しかし、これも江戸幕府に目をつけられ『これも風紀上良くない!』と禁止にされてしまいました。
そしてその後、歌舞伎は(お堅い真面目な?)大人の男性だけが、男役、女役を演じる芸能芝居に形を変えて全国に広がり、日本の文化になってゆきます。(幕府の風紀係はもうあまり介入しませんでした‥)
さらに、阿国歌舞伎から、もう一つ新しく分派した商売がありました。それは‥.つづく
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紙芝居『歌舞伎のはじまり』(その4)
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