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滝畑磨崖仏紙芝居、英語版登場!

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 以前、僕の作った『滝畑ダムの磨崖仏』紙芝居が、外国人見学者の依頼があって、急遽、河内長野観光ガイドボランティアのメンバーによって英語訳版が作られ、今、ボランティアメンバーによって、現地で英語版を演じられているらしい。
 今日、その英語訳版を頂いた。(写真参照)
 外国人にも『紙芝居』を通して、地元観光の魅力を知ってもらえるなんて、これほどうれしいことはない。
 感激だ!
 

東大阪市「明徳寺」様の仏教婦人会定例法座

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本日、東大阪市/浄土真宗本願寺派「明徳寺」様の仏教婦人会(定例法座)にご法緣を頂き、「紙芝居法話」をさせていただいた。
活発で勉強熱心な仏教ミセスたちの中、僕も興奮して血圧を上げ(?)、つい喋り過ぎたような気がした。・・おしゃべりな男ですみませんです。
でも、とても楽しかったです。
明徳寺の御住職様、坊守さま、僕の近未来のライバル若院さま、そして婦人会の皆さま、本願寺せいてん取材のY様、お世話になりました。ありがとうございました。合掌

今年一年を振り返る(出前編)

さて、今年の『お寺の出前』を振り返ってみる。
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 今年の福祉分野への出前は、『大阪介護者家族の会』、『NPO法人遺族支え愛ネット』の会などに、行かせて頂いた。
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 又、施設へは、『特養白寿苑』の彼岸法要や『軽費老人ホーム河南荘』の地蔵盆などに行き、お勤めの後、紙芝居法話をさせて頂いた。
 又、近くの地域の『老人会』なども行かせて頂いたなぁ。
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 そして、あちらこちらの地域より紙芝居の見学に『バスの団参』も、今年もたくさん来て下さった。
又、あちこちのお寺から、『紙芝居法話』の布教に呼んで頂いた。
 ・・有難く幸せなことだった。
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変わったところでは、『薬剤師の会』への出前も忘れてはいけないなぁ。
 薬剤師さんへ[三尺三寸のお箸]で、薬ならぬ飴を、強制服用(笑)させて頂いた。(写真参照)
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 そして最後は、仏様からのご褒美(⁈)に超宗派の宗教新聞[中外日報]に、この出前活動を載せて頂けた。
 ほんとに、有難い一年であった。
 さぁ、来年も頑張るぞ! 合掌

今年一年を振り返る(寺内編)

 今年も後わずか・・。
 そこで、今回は二回(寺内編)・(出前編)に分けて、今年を振り返ってみたい。
(お寺の一年)
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今年も一月は、新年法要から始まった。
 お勤めの後、お善哉を食べビンゴゲーム。その後、息子の友達が演奏会を披露してくれた。
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 五月は、永代経法要。今年は、交流のある『河内長野観光ガイドボランティア』のメンバーの方達が音楽付「紙芝居」を披露して下さった。
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 そして、二か月に一度のペースで観念寺婦人会が、『フラワーアレンジメント教室』や『ちぎり絵教室』、『パッチワーク教室』、『歌声サロン』などを開催して下さった。
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 そして、今年のバス旅行は『奈良の吉野』へご門徒の皆さんと旅した。
 又、近場では『観念寺大人の遠足』と題して、みんなで『富田林寺内町雛めぐり』をして歩いた。
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 でも、やはり今年の一番思い出に残る行事は『寺カフェ』であろう。
 この行事は、ご門徒だけではなく、地域一帯を巻き込み、来年も続けることになった。
 さて、来年は何をしようか?
 又、みんなで考えよう。合掌

寺カフェの効果

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お寺でコーヒー・紅茶を飲んで、みんなにくつろいでもらう。
 これをコンセプトに始めたのが『寺カフェ』という。
 この「くつろぐ」という効果が、もう出てきている。
 たとえば、奥さんを亡くされ、泣き疲れたご年配のご門徒がいる。
 「寺カフェに来ませんか?」と何度も誘ってみたが、なかなか行動に移されない。
 そこで、先日、無理やり(笑)電話を掛けて車で迎えに行った。
 すると、すっと来られた。
 僕は、すでにおしゃべりに夢中なお客さん達に「○○さんという方が初めて来られましたー。イェーい」と言う。
 すると、お客さんのお一人が「こっち、こっちへおいでや。・・ここ座って。(すでに座っておられるお客さんに対して)『もう、あんたはそろそろ帰る時間やろ!』」とみんなに笑いを飛ばし、無理やり席を空け仲間に入れて下さった。
 そしてそのご門徒さんは、寂しい身の上話を、コーヒーを飲みながらいろいろと語り、そしてみんなもそれを聞いて下さり、初めてにも拘らず一杯お話をされ、喜んで過ごされた。
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 その帰りの車の中で「楽しかったですわ。又、来月も来ますわ」とおっしゃった。
 コーヒーを飲みながらワイワイと喋る。
 これは、お寺で無くても出来るかもしれないが、『南無阿弥陀仏』とお名号が掛かっている中で、皆で『くつろぐ』というのは、又ちょっと違った、心が優しくなれる雰囲気ができる。・・と思うのである。
 寺カフェは、良いものである。

干支ちぎり絵教室、開催

 今年も、《干支ちぎり絵制作教室》の季節がやって来た。
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 お寒い中、15名ほどのご門徒さんが午後7時にお集まりになって、制作開始。
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 のりとハサミで、来年の干支《トリ》のちぎり絵を一生懸命に制作されました。
 ご準備下さいました婦人部の講師Y先生、本当に有難うございました。
 そしてお疲れさまでした。合掌

娘の前撮り

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 結婚式より前に、新郎新婦の二人で記念写真を、色々な場所で先に撮ることを《前撮り》というらしい・・。
 娘が来年に結婚するので、その前撮りを昨日、うちの近辺で行った。
 場所は紅葉のきれいな場所が良いということなので、近くの[弘川寺]の御住職に無理を言ってお願いし、境内で撮らせて頂いた。
 もちろん、プロのカメラマンが同伴で撮ってくれるので、自然とマッチさせ、又被写体たちを上手く載せて撮り、見て居てたいへん面白かった。
 さすが、プロのカメラマン!
 そして弘川寺の御住職、ご協力有難うございました。

泉南市:善照寺さまの報恩講

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 おととい、昨日の二日間、泉南市の浄土真宗本願寺派『善照寺』様の報恩講法要に、紙芝居法話に行かせて頂いた。
 風靡な自然の残る(トトロの居そうな)小山の鎮守様が近くにあるお寺であった。
 一日目は、快晴。二日目はくもりのち雨。
 お天気は気まぐれだ。
・・が、二日間、本堂は満堂! ご門徒様もノリノリで、凄くお話しやすかった。
 ご住職さま坊守様、そしてご門徒皆さま、たいへん御世話になり有難うございました。合掌
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(境内に建つ親鸞聖人像:綺麗なお花を、ご門徒の皆さんがお供えされていました。)

紙芝居:「ただ、ただ人の為に・・、行基さま」(その3:最終回

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 しかし、やがて《民衆の超人気者、行基さま》の噂を聞いた時のミカド『聖武天皇』は、「一度、行基とやらに会ってみたい」と思われ、自ら、行基さまにお会いに行かれるのでした。
 そして、行基さまのお話を聞き、行基ファンになられた天皇は、「行基菩薩よ、巨大なる盧舎那仏(大仏)を私と共に作ってはくれぬか?」とおっしゃられたのでした。
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 初めは大仏建立に、躊躇した行基さまでしたが、「大仏建立は、必ず民衆の心の大きな支えになるにちがいない!」と決心されたのでした。
 そして朝廷でさえ、集める事の出来なかったお金や人手を、『行基さまの為なら喜んで!』と、民衆は大仏制作に、惜しむことなく力を貸したのでした。
 この大仏建立開始時期は、行基さま76才でした。
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 が、行基さまは『大仏完成』を待たず、82歳でお亡くなりになります。
 奈良の大仏さまが完成したのは、行基さまが亡くなって、わずか三年後でした。
 仏の教えを伝え、苦しむ民衆を救うことに、生涯を掛けた男[行基菩薩]。
 その功績跡は、今も日本各地に残されています。
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(行基墓:生駒市[竹林寺])
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(行基像)
おわり

紙芝居:「ただ、ただ人の為に・・、行基さま」(その2)

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「道路を作り、川に橋を架け、池を作る土木工事こそが、まず、民衆を貧しさから救い出す第一歩なのだ!」と、行基さまは仏の教えを説きながら、民の生活し易い環境作りのために、土木事業を行い始めました。
 民衆も、欲のない行基さまに賛同し、皆で工事を手伝い始めました。
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 行基さまたちが、作った橋や池は、現在解っているだけで、木津川に架かる[泉大橋]、淀川の[長良橋]、大阪狭山市の[狭山池]、岸和田市の[久米田池]、伊丹市の[昆陽池]など、エトセトラ、エトセトラ・・。
 『橋の数・六つ』、『池の数・十五ヵ所』、『港の数・二つ』があります。
 又、旅人が安全に休める無料宿泊所『布施屋』なども多く設置しました。
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 そして、仏の教えを説く道場[=お寺]も多く作りました。
 近畿地方だけで、その数『行基四十九院』と呼ばれたお寺があります。
 行基さまは、それらのお寺を拠点にして、貧しくとも《仏の教え》が心の拠り所になるような教えを、民衆に説いて回りました。
 『行基さまが来た!』という噂が、一つの村で流れると、そのお説教の時間は、村の中に誰も居なくなってしまう程、お寺に人が集まったそうです。
・・がしかし、これを見て『面白くない・・』と嫉妬したのが、時の朝廷のお役人でした。
 役人は「貧乏人に、高尚な仏の教えなどは無用!」、「行基とやらは、民衆の気持ちを煽って、国への反逆を企てている!」と、行基さまを何度も逮捕しました。
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(行基菩薩の墓のある生駒市:[竹林寺]) 
つづく