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大阪市港区:「唯称寺」様への出講

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 浄土真宗本願寺派[唯称寺]様は、大阪市港区にある。
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 昨日、そちらの寺院の『定例法座』あり、今年もお招き頂き、紙芝居法話に行かせて頂いた。
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 昨日の演目は、[苦悩を乗り越える妙好人]と題して、前半『六連島のおかるさん』と『八尾のおしもちゃん』。
 休憩を挟み、後半は『良寛さまの涙』という紙芝居をさせて頂いた。
 唯称寺のご住職から、「毎年、違った[仏教紙芝居]をして頂き、又ひと味違った法話をして頂いて、門徒さんもたいへん喜んでおられます。毎年九月の[定例法座]は来院の方が増えて来ました。・・又、来年もよろしくお願いします。」と言って頂いた。
 有難いお言葉に、恐縮しっぱなしだった。合掌

河南町「中」あじさいの会への出前

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 今日、河南町老人会[中]あじさいの会へ、紙芝居の出前に行って来た。
 こちらへは、過去三度ほど寄せて頂いただろうか。
 地元もあって、顔見知りの方も多かった。(これはこれで、やり易いような、そうでないような・・[笑]。)
 こちらは、紙芝居の内容のリクエストがあって、「是非、『いなむらの火』を演じて欲しい。そして、[地震に備える]ということを、ご年配の方たちに伝えて欲しい。」と頼まれたので、そのようにさせて頂いた。
 皆さん、(昼寝することなく)真剣に聞いていただけたようで、今、『ホッ』としている。
 中地区ボランティアの皆さん、お世話になり、有難うございました。合掌
 

寺カフェ、オープン!

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 『寺カフェ』が、オープンしました。
 ・・といっても、月一回の二時間営業だけですが。[笑]
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 でも、準備はたいへんでした。
 仏教婦人会の役員さん達と相談し、地域の老人会との協賛・・、そして宣伝。
 結構、気をつかいました。・・お客さんは、檀家さんだけでなく、一般の方もOKしたので。(婦人会の皆様、お疲れ様でした)
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 メニューは、アイス・ホットコーヒー、紅茶、昆布茶で、お菓子付き、どれも百円。
 サプライズは、檀家さんのパン屋さんの差し入れで、デニッシュパンを二本頂きました。(急遽、これが大変で、パン一枚を半分に切って、トースターで焼いて、バターを付け、おやつに出しました。・・凄く好評でした!)
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 今回は、初回もあり、35名のお客さんでした。
 もう、近所の方ばっかりなので、賑やかで賑やかで・・。(2時間、お客の入れ替えは不可能状態でした。)
 又、足の悪いご年配の方は、婦人会の会長が車で、なんと送り迎えをして下さいました。

 まぁ、赤字にもなりませんが、黒字にもなりませんでした。めでたし、めでたし。
 来月は、[10月24日]月曜日(午後2時)、寺カフェ、オープンしまーす!合掌

特養老人ホーム「白寿苑」での[彼岸法要]

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大阪市西成区にある[特養老人ホーム白寿苑]では、毎年、夏に『お盆法要』をする。
 しかし、今年は僕との日程調整が合わなかった為、その代わり[秋の彼岸法要]を行うことになった。
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 今年もたくさんのご遺族の方達が来苑し、ご参拝下さった。
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(お焼香をされる入居者の方たち)
 そして、(亡くなられた方たちを偲び)入居者のご友人の方たちも、ご一緒にお参りしてお焼香をした。
 読経後、短く法話をして、その後・・、
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 友人の松葉みどりさん姉妹による、心温まるポエムの拝読と歌と演奏、そして紙芝居。
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 最後は、もう10年以上に成るだろうか?
 恒例の白寿会職員による『ギターとバイオリン』の演奏と歌のコーナー。
 今年もあの世からのメッセージソング[千の風になって]、この世からの愛の歌[涙そうそう]を、皆さんと唄って会場は、優しい涙、涙の風が吹きました。合掌

紙芝居:「播州の宇右衛門さん」(その5 最終回)

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 ある年の冬のこと。
 日頃より、宇右衛門さん事が嫌いでしょうがないある男が、「宇右衛門をからかってやろう」と思い・・、
 「やぁ宇右衛門さん、今晩、うちの家で[報恩講]という法要をやろうと思っているんだ。ぜひ、おいで願えんか?」と、言いました。
 「それは是非、参らせていただきます」と、宇右衛門さん。
 しかし、その日は大雪の日でした。
 雪の中、難儀しながら、その男の家に到着した宇右衛門さん。
 なんと明かりが消えて戸が閉まっています。
 実は、わざと明かりを消して、男は中で寝たふりをしていたのです。
 すると、何やら外から、宇右衛門さんの声が聞こえます。
「これは何か急用が出来て、出て行かれたに違いない。せっかく来たんじゃ。外から家の中の仏様に拝ませて頂こう。」と、大きな声でお経を挙げられ始めました。
 それを聞いて、自分のやっている事が恥ずかしくなった男は、戸を開けて誤り、家の中で一緒にお勤めしたという事とです。
 このように、宇右衛門さんの真心は、多くの人の心を変えていきました。
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 妙好人 宇右衛門さんは、七十五才で往生されます。
 若い頃、下駄で殴られた浄因寺の『泰凰(たいほう)』住職のことを、自分に仏さまのご縁を付けて下さった御方と、一生、そのご恩は忘れなかったといわれています。
 そして、檀那寺『浄因寺』をとても大切にされました。
 それで、いまではお寺をとても大事にされた妙好人ということで、境内に立派な銅像が建っています。
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(『立派な妙好人[宇右衛門]を、よくぞ育てた』と、殿様が、浄因寺さまを褒めて下さり、その時に頂いたという[褒状]と[掛け軸]です。お寺で拝見しました。合掌 《浄因寺の御住職とともに》)
 おしまい

紙芝居:「播州の宇右衛門さん」(その4)

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 宇右衛門さんが、有名な念仏信者と呼ばれるようになった頃のお話・・。
 ある日、宇右衛門さんは、あるお金持ちの家に頼まれて、その家の仏壇のお参りに行きました。
 そして、お参りが済むとゆっくり立ち上がって、帰ってゆきました。
 さて、その日の夜のこと。
 そこの主人が、仏壇の中にしまっておいた二十五両のお金が無くなっていることに気がつきました。
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 「ひょっとして、犯人は宇右衛門さんではなかろうか?・・・いやいや、そんなことは決してない。」と、主人。
 「でも、宇右衛門さんも凡夫のひとり。お金に困ってつい、盗んでしまったんじゃないでしょうか?」と妻。 
 そこで、失礼を承知で、宇右衛門さんに聞いてみることにしました。
 すると、宇右衛門さん、
 「はい、私が盗みました」と言ったのです。
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 「はい、すまぬことをしてしまいました。」と、宇右衛門さんは詫びて、お金を返したのでした。
 ・・ところがです。
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 しばらくして、そこの息子が帰って来て言いました。
「そっそのお金は私が借りたんだよ。宇右衛門さんが犯人じゃないよ!」と。
 そこで、その親子は大慌てで、宇右衛門さんの家に謝りに向かいました。
 すると、宇右衛門さんは「あぁっ、そうですか。・・では、私が前世で借りたお金では無かったということですね。・・あぁっ良かった」と、喜んだということです。(・・天然ちゃんか、生き仏か?)
 次回、最終回 つづく

紙芝居:「播州の宇右衛門さん」(その3)

 余談になりますが、宇右衛門さんは、奥さんとは縁が薄かったようです。
 生涯、三度結婚されていて、その内、二人とは早くに死に別れ、一人とは離縁されたようです。(いろいろ事情があったのですね・・)
 子供さんは何人か居られたようです。
 そして、現在も子孫の方は、浄因寺さまの近くの立派なお家に暮らして居られます。(浄因寺さまにご案内して頂きました)
 さて、ストーリーに戻りましょう・・。
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 立派な妙好人となられた宇右衛門さん、歳月は流れ、今では子や孫と暮らすと信心の篤いおじいちゃんになっておりました。
 ・・しかしです。
 息子の嫁は、たいへん気性が激しく、何かと言えばすぐに仏様の話をする舅の宇右衛門が、うっとうしくてたまりませんでした。
 今日も今日とて、皆で畑仕事をしている時、嫁の横着な仕事の在り様を見て、宇右衛門さんが注意しました。
 すると突然、その言葉にカッときた嫁が、手に持った[木槌]を宇右衛門さんに投げつけたのでした。
 木槌は、宇右衛門さんの頭に見事に(あかん、あかん)命中!
 血を吹いて、宇右衛門さんは倒れました。(あぁ、バイオレンスやなぁ・・)
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 それを見ていた息子はびっくり!
「お前、何ちゅう事をするんじゃ!・・おっとう、大丈夫かえ?」と、宇右衛門さんを介抱すると、嫁の首根っこを捕まえて「お前とは離縁じゃ!」と叫びました。
 その時、宇右衛門さんが・・、
「息子や、このおやじが悪いんじゃ。地獄一定の愚痴、浅ましい心のわしが叱ってしもうた。・・これは、まったくわしが悪い。嫁を許しておくれや。南無阿弥陀仏」と謝りました。
 自分の仕出かした事の大きさに、恐れおののく嫁でしたが、この時、初めて義父の心の広さを知りました。
 「お義父さん、本当に申し訳ありせんでした。私は鬼でした。どうか、どうか許してください。」と謝りました。
 「いやいや、鬼の心を持つのはこのわしじゃ・・」と宇右衛門さん。
 こうして、(バイオレンス親子)嫁と舅の心は一つになりました。
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(浄因寺境内に建つ宇右衛門銅像)
つづく

紙芝居:「播州の宇右衛門さん」(その2)

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ある日、宇右衛門さんは『ああっ退屈じゃ、ケンカの相手でも探そうかのう』と、(たちの悪いやっちゃのう)、姫路の大寺の縁にドカッと座っていました。
 その時です。
 本堂から、お説教が聞こえてました。
「・・仏法を聞くとは、ただ聞けば良いというのではないのじゃ。幾度もいくども、自分の事として、仏様の真心を、南無阿弥陀仏のいわれを聞く事なのじゃよ・・」と。
 この時、どういう訳か?宇右衛門の心が動きました。
『そうじゃ、ワシも南無阿弥陀仏のいわれを聞かせてもろて、生まれ変わろう・・。』と。

 ・・余談ですが、おそらく宇右衛門なりに?心の中の(自分は生まれ変わりたい!という)大きな悩みが(日頃から)あって、この時ビビッと何かを感じたのかもしれません・・。僕自身、この時、宇右衛門さんにどんな心境の変化があったか調べてみましたが、はっきりとは解りませんでした。信仰心の篤かった母親の影響もあったのかも?
 でも、この時から、なぜか?宇右衛門さんは生まれ変わるのです。
 お寺参りを繰り返し、繰り返し、お説教を聴聞しまくり、お念仏を称え、やがて熱心な念仏信者に変わっていったのです。 
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 別人のようになった宇右衛門さん。
 仏壇に手を合わせ、朝早くから熱心に働き始めました。 
 ある日、宇右衛門は暑さの中、水車を熱心に踏んでいました。
 すると、ある若者が、それを見てからかいました。
「こう暑い日ばかりで、さぞ、大変じゃろう」と。
 すると、宇右衛門さんは
「お天気が続いてくださるので、物が良く実ってうれしいことじゃ」と。
 ・・宇右衛門さんは、雨の日にも風の日にも、雪の日にも愚痴を言わず、感謝の言葉しか言わなかったそうです。(ほんまに生まれ変わりはったんやねぇ・・)
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(浄因寺様の近くに建つ、立派な[宇右衛門]さんのお墓)
 つづく

紙芝居:「播州の宇右衛門さん」(その1)

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 純粋な信仰心のレベルの高さにおいては、飛びぬけた境地にある人・・。
 それを妙好人(みょうこうにん)といいます。
 江戸時代中期の播州(今の兵庫県:姫路)に生まれた宇右衛門(うえもん)さんも、その一人です。
 宇右衛門の家は、代々のお百姓さんでした。
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 ・・が、宇右衛門はまじめに働かず、若い頃はケンカやバクチに明け暮れていました。
 ある日・・、
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 宇右衛門さんは、殺生を禁止されていた川で、ひそかにカニを捕っていました。
 それを見つけた檀那寺の『浄因寺(じょういんじ)』の住職さんは、自分の下駄を脱いだかと思うと、いきなり、宇右衛門の頭を一撃!
 ころがって川に落ちる宇右衛門さん。
 バイオレンスなこのご住職は、網の中のカニを逃がすと、静かに去っていきました。
 「おのれ、クソ坊主!」と宇右衛門は、家に帰ってこん棒を持ち出し、お寺に殴り込もうとしましたが、
 その時、母親が「お寺の住職なればこそ、お前の後生を憐れんで、厳しく叱ってくれたんだぞ!」と、泣いて止めました。
 それを聞いて、さすがの宇右衛門さんも、「・・わしが悪かった。」と反省したそうです。
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(宇右衛門さんがカニを捕っていた川。ここで一撃!)
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(愛の下駄の一撃をくらわせた住職のお寺『浄因寺』様 左に宇右衛門さんの銅像が見える)
 つづく

NPO法人「遺族支え愛ネット」への出前

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 昨日、大阪の天満にある[ドーンセンター]へ、
NPO法人「遺族支え愛ネット」会への、『お寺の出前』講演に行って来た。
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 「遺族支え愛ネット」とは・・、かけがえのない人を亡くしたもの達が、同じ境遇の遺族たちと、分かち合い、支え合い、励ましあうために、生まれた会なのだそうだ。(設立趣旨より)
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こちらの会は、 喪失体験を持つ遺族の為の悲観緩和サポートのため、
 社会貢献活動のため、
 高齢者独居者のライフサポートのために、
 様々な情報交換のネットワークをされているということだ。
 そちらへ、主に[(悲観緩和サポート?)紙芝居]を持って、出前させて頂いた。
 会場では、悲しみを超え、皆で支え合う事の大切さを、僕自身も改めて勉強にさせて頂いたように思う。
 ご縁を頂き有難うございました。合掌