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時には、道宗のように・・

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 妙好人・赤尾の道宗は、(阿弥陀仏の48願と掛けて、)48本の割り木の上で眠り、少しでも阿弥陀さまのお救いに、感謝しようと実践された・・らしい。
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 この場面の[紙芝居]の絵を描いていて、どうしても実践してみたくなった。
 そこで『道の駅』に行って、[割り木]を買って来て、寝てみた。
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最初は、「余裕やん・・」という気持であったが、
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 その内、肌に木がくい込んできて、非常に痛くなった。(当たり前か⁉)
 これをやってみて、道宗さんも、毎日はやらんかったんとちゃうか?と思ったのであった。臥薪嘗胆・・や。
 うちの嫁がこれを見て「何考えてんの・・!」と吐き捨てるように言って去って行った。
『悔しいですっ!』

大阪市:勝光寺様の『定例法座』

 今年も、大阪市内の『勝光寺』様の[定例法座]にお招き頂いた。
 坊守さんから、「もう15年以上の「定例法座」とのおつきあいですねぇ。・・毎年、新しい[紙芝居]を披露して頂いて有難うございます。ご門徒さんも楽しみにしてはります。」と、言っていただいた。
 僕は「・・拙い紙芝居ですが、今年も新しい作品を作って来ました。ひとつは、こちらの御住職の大好きな『赤尾の道宗』の紙芝居です。」と答えた。
 その作品を観て頂いて、御住職はずっと上機嫌だった。
 それで、話が弾み過ぎて、自坊への帰りが、又もや遅くなってしまったのであった。

ご門徒さんとカラオケ店にて

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 観念寺婦人会の会員さんから、「お爺ちゃんとお婆ちゃんの二人で営業してる、村の奥の林の中の(昔話みたいな)カラオケ店があるで一緒に行きましょう!」と誘われたので、行って来た。(ほんとに昔話の世界のようなお店でした。おじいさんは水割りを運び、おばあさんはカラオケ曲をセットし…。)
 総勢10名・・。みなさん持ち歌があって、上手い上手い。
 「院主さんも、もっと歌いや!」と誘導されて、声が嗄れるほど唄ってきました。
ちなみに僕が良く唄うのは「花は咲く」と、井上陽水の「瞬き」です。・・音が所々外れますが。

神戸市より、時宗『満福寺』様、再来院

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 以前、来られた事がある、神戸市の『時宗(じしゅう)満福寺』住職さまが、昨日、再び来院された。
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 それは、ご自分で作られた初[切り絵]紙芝居が完成し、それを披露しに、来て下さったのだ。
 以前来院されてから、ご自分のお寺でも、是非、紙芝居法話で布教したいと一念発起し、その後、切り絵教室に習いに行かれて、このほど、切り絵紙芝居の完成に至ったそうだ。
 題名は、時宗二代目の上人『真教上人の初賦算(ふさん)』といい、内容は、時宗開祖[一遍上人]から、いかに二代目上人へと後を継がれていったかを、(切り絵)物語で表現されたものだ。
 拝見させて頂いたが、歴史物語の味わいをモノクロでうまく表現されていて、情緒深い作品になっていたと思う。
 僕の極彩色紙芝居とは又違った味があり、素晴らしい作品の完成に拍手を贈った。
 「次の作品構想は、すでに頭の中にあるんですよ」と言われたので、「第二作目を楽しみにしてます」と言って、笑顔でお別れした。

堺市:[真光寺]様の『仏教文化講座』

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(浄土真宗本願寺派[真光寺]様)
 昨日、堺市東区の[真光寺]様主催の『仏教文化講座』にお招き頂き、「狭山池の底の石棺~アイデア和尚・重源さまの究極のリサイクル」という演題で、お話をさせて頂いて来た。
 こちらのお寺には初めて寄せて頂いたが、(・・僕のことは以前テレビ放送で知られたそうだ) 素敵なお寺で、本堂もお庭も、何とも清々しい雰囲気の中、気持ち良くお話することが出来て有り難かった。
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(先々代住職秘蔵の伝道『紙芝居』)
 そして、こちらの先々代の御住職も、戦後、地元の子供たちに教育『紙芝居』をされて居られていたそうで(その様子は、当時の新聞にも掲載されたそうだ)、その貴重な『紙芝居』類を拝見させて頂いた。(・・僕の大大先輩やなぁ)
 又、前住職は、絵画の名人でもあり、その素敵な絵画類は、本堂・庫裡内で拝見でき、又、作品集は(現住職によって)御本にもされた。
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(本堂内)
 素敵なお寺やご家族の紹介をしていたら、きりがないので、先に進むが、こちらのお寺主催の『仏教文化講座』に呼んで頂き、紙芝居をさせて頂いたのだ。
 テーマは、地元[狭山池]で、世の為人の為に活躍された『重源』和尚の事を中心にして、話して欲しいというご依頼だったので、『行基』さんなども含めてお話した。
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(プロジェクター投影を使っての紙芝居講演)
 講演時間一時間が、あっという間でした。
 地元の方々と共に、素敵な時間を作って下さり大変お世話になりました。真光寺のご家族の皆様、有難うございました。合掌

観念寺『歌声サロン』開催

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 本日、観念寺『歌声サロン』が、お寺の一階ホールで開催された。
 皆さん、エエ声で、ピアノに合わせて、童謡や歌謡曲を思いっきり歌っておられましたよ。

結婚情報誌『ゼクシィ』

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 結婚情報誌『ゼクシィ』(八月号)に、今年の三月の西本願寺での娘の[仏前結婚式]の模様が掲載されました。
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 あれから、もう三か月が経つのですね・・。
 月日の速さを感じてしまいました。
 それにしても、結婚情報誌って初めて読みましたが、電話帳ほどの分厚さがあるのですね・・。驚きの連続でした。

今年も沙羅双樹(夏椿)が、咲きました

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 今年も沙羅双樹(さらそうじゅ)=[日本名は夏椿]が咲きました。
 平家物語曰く『沙羅双樹のはなの色、盛者必衰のことわりをあらわす・・』。
 一夜で、散ってしまいます・・が、美しい花です。
 眺めていると、なぜか人の人生を想います。
 人の人生も、地味でも良いから、健気に美しく咲きたいものです。
そして、去るときは潔く散りたいものです。

泉北郡忠岡町:『永福寺』さまの永代経法要

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 昨日、泉北郡忠岡町の浄土真宗『永福寺』さまにお招き頂き、「紙芝居法話」に行かせて頂いた。
 写真を見て頂いて、驚かれる方も有ろうと思うが、こちらは、[お寺]と[医院]が引っ付いている。
 今の住職のお父様が、お医者さまとお坊さんを兼任されていたそうで、ちょっと面白い光景だ。(今はお父様が医院長をされ、御子息が住職をされている。)
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 又、境内には『大阪緑の百選』に選ばれた巨木『いぶき五株』があり、歴史を重みを感じさせるお寺だ。
 この巨木は、木曽義仲の家臣が植えたらしい。
 かつては、ここのご先祖様は、楠木正成の挙兵に賛同し、共に戦ったそうだ。
 正成が戦死したので、自宅を天台宗のお寺に改築し、菩提を弔ったが、蓮如さまの来院により、今の浄土真宗に転派されたそうだ。
 そんな歴史的なお寺で、『紙芝居』をさせて頂いたことを光栄に思った。 合掌
 

『赤尾の道宗(どうしゅう)』を訪ねて~富山県五箇山へ(後編)

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(割木の上に寝る赤尾の道宗像:割り木の数は本当に48本なのか?と数えたら、44本までしか数えれなかった。・・小さい割り木を数え忘れたか?)
 在家で、身も心も仏法そのものになった人間のことを、浄土真宗では『妙好人(みょうこうにん)』という。
 赤尾の道宗さんも、その一人なのだが、僕には疑問があった。
 [道宗(どうしゅう)]と言う名は『法名』である。
 俗名は、[弥七(やしち)]という。
 おおざっぱではあるが、妙好人の呼び名は『大和の清九郎』とか、『因幡の源左』とか、[俗名]で呼ばれているのが多い。・・が、『赤尾の道宗』だけは[法名]で呼ばれている。
 本当に、仏門に入っていなければ、『赤尾の弥七』であらねばならない。
 だけど、『赤尾の道宗』なのだ。
 それを、坊守さんに尋ねてみた。「道宗さんは、本当に出家していなかったのか?」と。
 すると、「・・おそらく、最後まで世俗のままで過ごされたと、私は思います。日常は百姓をされ、空き時間に、自分の家を道場として、お念仏の教えを村人に説かれた熱心な門徒さんだったのだと思うのです。・・道宗という法名で呼ばれるのは、親しみと尊敬を込めてだと思うのですよ。」と坊守さんは言われた。
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(棟方志功作『赤尾の道宗報恩の像』の版画)
 又、道宗さんが書き残された『心得二十一箇條』という物を読むと、僕はどうしても、道宗さんは武士に思えるのだが、そこんとこも聞いてみると、坊守さんは「私も道宗さんは、心はお武家だと思いますよ。」と言われた。
 こんな話を延々とした。詳しくは、又紙芝居で描くとして、もう一つ、面白い話は、やはり『わだばゴッホになる』で有名な[棟方志功]さんが、道宗さんの大ファンであった事だ。 棟方さんの作品が、こちらのお寺にはたくさん在るのだ。
 その割り木の上で寝る道宗さんの版木の本物が、こちらにあると聞き、じっくりと見せて頂いた。
 「棟方志功さんと赤尾の道宗さん。・・変わった所が、何か似ている?」とつぶやいたら、坊守さんに「あなたも似て張りますよ」と笑われた。
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(右:道宗の墓)
 「ダムの建設で、道宗さんのお墓もお寺の境内に引越しました。大きなお墓でしょう。」と言われた。
 僕は「道宗さんに、何か似合ってないような感じですね」と言ったら、「この村は、道宗さんで盛ってますから。お墓の大きさは、村人たちの自慢なのでしょうね」と言われた。
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(菅沼合掌造り集落)
 宿泊は、お寺の前の旅館『赤尾館』で一泊し、次の日は、『世界遺産 合掌造り集落』を見学した。
 又、ここでも、道宗さんが蓮如上人にお会いする為に、雪の中を超えて行った道を見学した。
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(蓮如上人も道宗さんも乗った[籠の渡し])
 そして、その時、道宗さんが川を越える時に何度も乗り、蓮如上人に会いに行かれたという《籠の渡し》を見学した。
 これは、蓮如上人も乗られたという伝説がある。
 昔の人は、凄かったんやなぁ・・と改めて思った今回の旅行でした。