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極楽寺さまへ、14回目の『紙芝居法話』

お釈迦様の誕生日ウイーク『花まつり』の出講が続いている。
 昨日は、堺の極楽寺さまへの『紙芝居法話』であった。
 お寺の記帳を拝読させて頂くと、今年で十四回目であった。
 よくも、毎年(飽きることなく(笑))お招き頂けたものだと、改めて、尊いご法縁に感謝させて頂いた。
 毎年、違う『紙芝居』を混ぜ込んで、させて頂いているが、「もう飽きられないかなぁ‥(笑い)」と思いながら、紙芝居の裏の文章もあっちこっち変えながら、皆さんに新鮮に心に届くように読ませて頂いている。
 本当に、(毎度)極楽寺のご住職様、ご門徒の皆様、お招きいただき有難うございます。深く感謝申し上げます。合掌
 

奈良県橿原市仏教会金橋支部『花まつりの集い』

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今日、奈良県橿原市金橋支部主催の『花まつりの集い』にお招き頂き、[紙芝居法話]を演じに行かせて頂いた。
 会所は『浄栄寺』さまだ。
 子供半分、大人半分の会場で、低学年の子供にもわかるように、又、大人が見ても勉強になるように、『おしゃか様物語』の紙芝居を描き直して演じた。
 後半は『三尺三寸のお箸』と、アンコールの『共命鳥のはなし』も演じて、(このお話が子供の将来の右か左か決めねばならぬ時に役立ちますように!と心を込め)、ついでに(笑)大人にも喜んでいただけるように気持ちを込めて演じた。
 (自己満足になるが)感触は良かったと思う。
 金橋支部の役員様、お世話になり有難うございました。合掌
 

紙芝居のメニューが、170作品を越えました!

紙芝居のメニューが、170作品を越えました。
歌人であり、仏教婦人会本部長であった、み教えに生き抜かれた『九條武子』さま。
又、ファンタジー昔話の中に、人々の悲劇が隠されている『夜泣き石』。
 仏像界のアイドル阿修羅神の悲劇を描いた『悲しき阿修羅』。
 大河ドラマの題名にまでなった走るスーパースター神『走る!韋駄天』など・・。
 『出前メニュー』にアップしましたので、覗いてみて下さい。

観念寺の[春季彼岸法要]

昨日はうちの寺、観念寺の彼岸法要の日。
他のお寺でお話するのも緊張するが、自分の住む寺でお勤めするのも(同じように)緊張する。
 ・・でも、その『お彼岸ウイーク』も今日で終わり。
 今、『ほっ』としています。

河南町:『善秀寺』様の「春季彼岸法要」

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(善秀寺さまのご住職と共に)
今日は、地元河南町の『善秀寺』様へ、[紙芝居法話]のご縁を頂いて来た。
 こちらへの出講は、もう何回目になるだろうか⁈(10回ぐらいかなぁ?・・例年、春のお彼岸には呼んでいただいている)
 だから、こちらには毎年、新作紙芝居を演じるようにしている。
 今年は「阿修羅」、「韋駄天」等をさせて頂いた。
 タイムリーな中に、仏教の教えがきっちり入っているものが、やはり良いなぁと感じたご縁だった。
 毎年、飽きずに紙芝居を観て頂き、善秀寺の皆様、御法縁を有難うございました。合掌

東大阪市:『蓮浄寺』様の[春季彼岸法要]

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(蓮浄寺さまの毛利浄香若院とともに)
昨日、東大阪市の『蓮浄寺』様[春季彼岸法要]に、「紙芝居法話」でお招き頂いた。
 こちらのお寺は、今回で二回目。
 二回目というのは、一回目より遥かに難しい。(映画の続編は一回目を超えれるか⁈・・というようなものである。)
 ・・ということで、チョイスする紙芝居を悩みに悩み、選びに選んで、効果的になる演目の順番も考え、演じさせていただいた。(真宗の定番『赤尾の道宗』や若院からのリクエストで『杜子春』などに決めた)
 この選び方で、良かったのではないか⁈と今思うのであるが、いつも本当に(前回のお寺の雰囲気や年齢層、男女の割合などを考え、)『紙芝居』の演目には悩むのです。・・今回もうちの坊守と一緒に決めました。
 さて、こちらの若院さんも『仏教紙芝居』を描き演じられる。又、今回驚いたのは、スマホの動画で見せて頂いたのだが、オリジナル仏教漫才も(元吉本漫才師の相方と)されるのだ。
これは、是非うちのお寺でもやってもらわねば・・と帰り際にお願いしてきた。
 蓮浄寺の皆様、今年もいろいろとお世話になりました。又、来年もどうぞよろしくお願い致します。合掌
 

奈良県桜井市:『円融寺』様の[春季彼岸永代経法要]

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(円融寺さま門前にて、(三つ年上の)明るいご住職と)
昨日、奈良県桜井市にある浄土真宗本願寺派『円融寺』さまの[春季彼岸永代経法要]に、[紙芝居法話]で出講させていただいた。
 こちらのお寺へは、五年前に一度お声を掛けて頂いたのだが、直前に僕が倒れて入院した為中止となり、ご迷惑をかけてしまったのだ。
 今回は、前回にご迷惑を掛けた分、万全の体調で臨ませて頂き(栄養ドリンクをガバガバ飲み(笑)、少々テンションを上げて)お話させていただいた。・・まぁまぁ所々失敗もしたが・・(苦笑)リベンジ、リベンジ、再挑戦と言いながら運転して向かったのだ。
 本堂満堂の中、温かいご門徒さまばかりで、(これはご住職の明るくおちゃめな性格もあるのだと非常に感じた・・)この雰囲気の中、僕自身も(失敗も何のその)たいへん楽しくお話しやすかった。
 円融寺の皆様、たいへんお世話になり、本当に有難うございました。合掌
 

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その6 最終回)

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 足の速い神[韋駄天]のもう一つのエピソード。
 韋駄天には、お釈迦様のボディガードという仕事の他に、もう一つ仕事がありました。
 それは、お釈迦様やお弟子たちへの『食料調達係』という、(足の速さを買われての)仕事でした。
(※余談だが、ボディガードと食料調達仕事は、両立したのだろうか?・・もし、食べ物を集めている途中、お釈迦様が襲われたらどうしたろうか⁈・・が、考えてみたら、仏様のボディガードの神は、韋駄天だけではない。ほかにも沢山(ケビンコスナー級[笑]のガードマンたちが居たろうから、そんな心配は無用なのだろう・・。)
 韋駄天は、自慢の足の速さを使って、食べ物材料の調達係をしました。
 山を越え、谷を越え、野菜や果物などを集めて回ったのです。
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 それで皆は韋駄天に感謝し、「韋駄天様、馳せて走って、食べ物を集めてくださり有難うございます。・・馳走さまでした!」と言いました。
 それがやがて、『ご馳走さまでした』という言葉の由来になっていったそうです。
 今では食事の最初に『尊い命をいただく』ので、『いただきます。』と言い、
 最後に、韋駄天のように(馳せて走って)食事を用意して下さったたくさんの人たちへの感謝を込めて、『ご馳走様でした』というようになったそうです。
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 仏様の為に、たくさんの人々のために、走り回って活躍した神様『韋駄天』。
 今も、京都は泉涌寺さまの『舎利殿』で、仏舎利を守っておられます。
 又、『馳走』の由来から、様々なお寺の台所にお祀りされております。 
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(仏舎利と韋駄天)
 おしまい

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その5)

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(能楽『舎利』[舎利を抱える鬼])
紙芝居では、『舎利』を盗んだ鬼の逃亡者[足疾鬼]が、追跡者[韋駄天]に捕まり、「もうしませーん!」と反省したが、実はそうではなかった。
・・そう、この話にはまだ後日談があるのです。
今回は、その余談のお話になります。
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(会場:茨木クリエイトセンター)
 能楽に『舎利』という演目があります。
 昨日、茨木クリエイトセンターに行って観てきました。
 物語は、実は足疾鬼が、まだ『舎利』をあきらめきれず、あれから日本の『泉涌寺』に奉られた『舎利』を、人間に変装して盗みにやって来るところから始まります。
 そして盗みに成功した鬼の、また逃亡が始まります。
 泉涌寺の寺の僧たちの祈りに応えて、天界よりまたまた韋駄天が呼び出され、『ルパーン、待てー!いや違う、足疾鬼、逮捕じゃー!』と銭形のとっつぁん警部のように、舞台の上で、足疾鬼と追いかけっこをして、最後には無事に『舎利』を取り戻し、お寺に返すというストーリーです。(これが本当の鬼ごっこ)
 (ゴジラの動きのようで?)あまり激しい動きのないの能楽には珍しいアクション活劇ですよね。・・けっこう面白かったです。セリフは余りわからんかったけど・・。)
 が、最後は足疾鬼が、まだ残念そうに『舎利』を持ち去る韋駄天を見つめる所で舞台は終わっているので、きっとこれは『続編』を考えていたのでは?と思ってしまいました。 
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(泉涌寺:『舎利殿』)
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(今も韋駄天は、仏様の『舎利』を守っている)
 ・・さて、この紙芝居はまだ終わりません。
・・もう一つ大事な『韋駄天』のエピソードがあるからです。 次回、最終回   つづく

南河内東部仏教会主催の仏教講演会

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三月九日、富田林市市民会館で、私の寺も所属している[南河内東部仏教会]主催の第11回仏教講演会が開かれた。
今回は、[ハイノーブルクインテット]様のオーボエと弦楽四重奏の演奏に引き続き、信州から、医師で作家の[鎌田實]様にお越し頂き、『生きているってすばらしい~命と絆を考える』という演題で、約一時間半の講演を頂いた。
 檀家の皆様は、先生の医師からみた生きる意味の体験談を熱心にお聞きになって感動の嵐だった。
 さて僕は、風と人の波の[入口]で『受付係(チケットのもぎり)』をしていたので、今、涙とくしゃみの花粉症の嵐に苦しんでいます。