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参拝者無しの[永代経法要]が終わりました

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 コロナウイルス拡大防止の為、参拝者無しの『永代経法要』を家族だけでお勤めしました。
 このような参拝者の無い法要は初めてです。
 ・・でも仕方がないですよね。
 門徒さんからの事前に頂いている『物故者名簿』を全員お読み上げして、経典をお勤めしました。
 今年は、法要後の記念イベントも無しです。
 アメリカ仕込みの[スイング雅]さんのジャズ音楽会(法要)も無しになってしまいました。
・・又、来年ですね!

ダニエル・デフォーの小説『ペスト』、拝読しました

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 イギリスのダニエル・デフォーが著した長編小説『ペスト』(カミュの同じ題名の作品ではない)をようやく読み終えました。
 このお話は、著者風の人物が主人公で、(今から350年前の)イギリス・ロンドンを舞台に[見えない悪魔(ペスト菌)]の突然の襲来に、人間としてどう生きるのか⁈をテーマにした(人間群像劇風)ドキュメンタリー小説です。
 それは、コロナウイルスで「何をすれば良いのか?」と苦しむ今の我々に、正に指針を与えてくれるような内容である。
 この17世紀の作品の資料をようやく集めた。
 後はわかりやすく紙芝居にします。乞うご期待!
 

Mask of Sou

毎日、マスクを付けてのお参りは読経しにくい・・。
 お経を拝読していると、マスクがずれて鼻全体が出てしまうのだ。・・ずれたらその度に上げねばならぬ。
 一日使用だけではもったいないので、紙のマスクは洗濯して最低二日は使っているが、二日目が特に鼻がずれて出る。
 又、読経終了後のお茶のご接待も遠慮させて頂いているが、「まぁ、よろしいやん。お茶ぐらい・・」とおっしゃる親切すぎる檀家様もいてお断りするのに言葉数がいって、そうしている内に、又マスクから鼻が出る・・。
 今度から肌に優しいノリで、マスクを固定してから、お参りに行こかなぁ・・。

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その6:最終回)

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ワシは思わず叫んだ!
「親鸞殿、只今よりこの弁円、山伏を捨てます!」と言い、短剣を抜いて髪の毛をバッサリ切った。
 そして「私を弟子にしてください!」と頭を下げた。
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 こうして、ワシは山伏・弁円という名前を捨てた。
 そして、親鸞聖人から『明法房(みょうほうぼう)』という新しい名前を頂戴し、念仏者として新たな仏教者の道を歩むことになったのである。
 おしまい

(これで終わる訳にはいかんコーナー)
 13世紀末、親鸞聖人讃仰の為に本願寺第三代覚如上人によって、著された伝記『御伝鈔(ごでんしょう)』。
この中に、弁円は登場する。
 親鸞聖人を暗殺しようとして、一人草庵に乗り込むが、一目聖人を見たとたん、そのあまりの尊さに感激し、玄関先で涙を流して弟子入りをお願いする場面でこの段は終わるが、(そんな奴おらんやろーとひねくれた僕は)どうしても納得できなかった。・・で、この紙芝居は、弁円に草庵の中に入ってもらい、親鸞聖人に自分の半生を少しお話をしてもらい、それで弁円が自分自身を恥じ、弟子入りすることにした。(覚如上人ごめんなさい。)
 それでも、まだこの物語はおかしいような気がする。
 決定的な、人が納得する何かが足りない。
 だいたいこの話は、弁円が一人で暗殺しに行く所からおかしい。
 昔も今も、暗殺するにたった一人で堂々と行くのがおかしいのではないかと思われる。
 これは暗殺ではなく、喧嘩をしに行ったのでないかと僕は感じた。
 そして相当、弁円は念仏の教えの知識を仕入れてから、乗り込んだのではないだろうか?いや、喧嘩をする以前に最初から、弟子入りもありと考えていたように考えてしまうのは考え過ぎだろうか?
 とにかく、その後、熱心な念仏者として一生を過ごしたという、この弁円は悪人にはどうしても思えなかったのだ・・。

 

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その5)

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「山伏さん、お前さんの言いたいことはわかってるで・・。
 なぜ、加持祈祷は必要ないというのか⁈ってことやろ。
‥確かに、加持祈祷という方法もある。・・が、この親鸞においては必要なかったんや。
 わしも若い頃、お前さんのように修行をした。・・それは命がけのもんやった。・・が、わしは自力の修行では自分の苦しみを解決できんかった。・・わしは絶望した。
 そんな時、わしは[念仏]の教えに出会った。
 仏様の方から、こんなわしを『見捨んと救うてくれてる』という教え、『南無阿弥陀仏』の念仏の教えに出会うたんや。
 これでわしは救われたんや。・・わしに加持や祈祷はいらんかったんや。
 こういう考え方をわしは縁のある人に話しているんや。・・こんなけのこっちゃ。」
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「話はこれだけや・・。
 さぁ、わしをいかさま師やと思うんやったら、斬ったらええ!」と親鸞は言った。
 ・・ワシは思った。
『この正直な男はただものや無い。『誠の宗教者や!』と直感で悟った。
 そして、神や仏をワシの手下のように扱おうとしていた自分自身が恥ずかしくなった。
 その瞬間、ワシの両目から涙が出てきた。』つづく

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その4)

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「ここか⁉親鸞の居る[稲田(いなだ)]の草庵は・・。」とワシはあやつの寺に到着した。
 「もし、親鸞という男がおどおどした態度を取ったり、へらへらしたような感じがしたら叩き斬ってやる!・・又、裏からこっそり逃げようとしたら、この弓で射殺してやる。」とワシは中に入った。
 「たのもう!親鸞と申す御方はおられるか!」とワシは大声で叫んだ。
 すると中から・・、
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 「何や⁉用事ですか?・・わしが親鸞や。」と声がした。
 そう、この男が親鸞だった。
 親鸞は堂々と出て来て、ワシをじっと見つめて言った。
「お前さん、山伏さんやな。わしを殺しに来たんか⁈顔見たらわかるで・・。まぁええ、中に入りなさい。
 仏に仕える者同士。まぁ、話しあってからでもエエやろ⁈わしを斬るのは⁈・・」と言った。
 ワシはこの言葉を聞いて度肝をぬかれた。つづく

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その3)

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「弁円さま、信者たちが来なくなった訳がわかりました。
 信者たちは[親鸞(しんらん)]という、坊主の草庵に行っておるのでございます。」
「なにっ、親鸞っ⁉」
「はい、その坊主は京の都から流されて来たようで・・、そやつが言うには『加持祈祷はいらん。念仏一つで救われる』と、ほざいておるようでして・・。みんな、そやつのもとに参っておるのです!」
「なんだと、許さん!」
・・そう、その男の名は[親鸞]といったのだ。
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 ワシの怒りは頂点に達した。
「加持祈祷はいらんだと⁉・・念仏ひとつで救われる⁉そんな馬鹿なことがあるものか!・・そんなまやかしを言う坊主、親鸞!ワシが叩き斬ってやる!!」
 そして、次の日から[板敷山(いたじきやま)]という、親鸞らしき者が通るという噂の所で待ち伏せをした。
 しかし、親鸞は現れなかった。
 そこでワシは、あやつの草庵に向かうことにした。つづく

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その2)

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‥あの男の事を語る前に、少しワシの話をしよう。
「えぇーい!むにゃむにゃ・・神仏よ、助けたまえ!」と、
ワシ等行者は、毎日護摩をたいて加持祈祷をしておった。
「弁円さま、ありがとうございます!」と、
お寺では、連日信者たちで大賑わいじゃった。
 ・・がしかし、ある日から、
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 その信者たちが一人減り、二人減り・・、
あっという間に、本堂はガラガラになってしまった。
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 ワシは悩んだ。
「なぜじゃ⁉・・なぜ、信者たちは来んようになったんじゃ⁉」
 その時、ひとりの弟子が入って来て、驚くようなことをワシに話し始めた。 つづく

紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その1)

(はじめに)
 山伏(やまぶし)[弁円(べんねん)]の話は、浄土真宗では超有名である。・・僕はいつか紙芝居にしようと思っていたが、その弁円のイメージが湧かなくて時間が掛かりやっと、ここにようやくできあがった。完成までに一度、[弁円]の故郷、茨城県に行って取材しようと思い計画を立てていたら、コロナウイルス騒動があってダメになってしまった。残念である。
 僕はどうしても[悪僧・弁円]のイメージが湧かなかった。だから、弁円の顔の絵はどこか優しい。目もうつろに描いた。
 このお話をご存じの方は、イメージが違うと言われるかもしれないが、僕の中の弁円は、心がまじめでどこか弱弱しく優しい。だから、弁円一人語り調の『つぶやき』紙芝居にさせてもらった。
 長くなった。それでは『弁円と親鸞聖人のお話』のはじまり、はじまりー。
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 わしの名前は、山伏の弁円じゃ。
 修験道の行者だ!
・・厳しい修行を乗り越えて、今は大先達になった。
 わしの仕事は加持祈祷(かじきとう)。
 つまり、神仏に祈って病気を治す事じゃ。
 住まいは、常陸(ひたち)の国(今の茨城県)の寺で、そこで、何人かの弟子たちと共に暮らして居る。
 又、信者からは尊敬を集め、慕われておった。
 ・・が、あの男が来てから、すべてが変わってしまった。
 そう、あの男が・・。つづくじゃ

コロナ騒動の中で〜社会生活制約の日々

コロナ騒動がいまだ続いている・・。
そんな中、日常起っている僕の小さな出来事をお話します。
 うちのお寺は、コロナ騒動で「毎月のお参りは休んで欲しい」と言われる檀家さん以外は、ご自宅まで行ってお参りをさせて頂いている。
 一人暮らしの年配の方などは、誰かと会話する機会もない為か、読経の時間よりも雑談時間の方が長くなり・・マスクをして表情でサインしてもなかなか帰れない。
 今日もこんな話題で長くなった。
「・・この頃、週三日の施設へのデイサービスに、行きにくくなりましてな。朝にバスでお迎えの職員さんが開口一番にまず言われる事が、「なるべくお家で自粛して欲しいのです」と言われ、が、どうしても行きたいと言えば、体温を測ってもらって出発しまんねん。・・施設内でも、いつもやったら八人づつ坐る長机が、間を空けて二人でっせ。なんか寂しいて、おる事が申し訳なくて・・、院主さん、いつまでこんな騒動が続きまんねやろな・・あったかくなってきたら、コロナ消えまんねやろか?」と。
 僕は「そうなれば良いですのにねぇ」と曖昧な返事をして、そのお家を後にした。
僕は思った、かつても同じ感染病騒動があり、人々はそれを乗り越えて前進して来た。・・と知れば、少しは(私も含めて)我々は安心できるのではないか?・・と。そうだ、そんな紙芝居を作ろう!と思った。