記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

『寺カフェ』の記事が[河南町老連会員広報誌]に載りました

ファイル 1668-1.jpg

 観念寺で、月一回開店している『寺カフェ』の模様が、[河南町老連・会員広報誌]に載りました。
 この記事は、河南町老連の会長さんが、書いて下さったものです。・・ちょっとだけ、記事の中身を転載してみます。
 (タイトル)『老人クラブ・観念寺合同ふれあい喫茶開店』
『ふれあい喫茶の開催について、観念寺住職・檀家婦人会と数回会合を持ち、老人クラブと合同実施の形態を採らせて頂き、[寺カフェ]との名称で観念寺一階広間にて実施。
 ・・中略・・、観念寺の宗派(檀家)に関係なく、通りがかりの方に自由に入って頂くこととし、月一回の開店とした。
・・中略・・、当初、20名程度の席を用意し来客を待つことにしたが、本当にお客様が来るのか心配であった。
 しかし、心配をよそに事前の宣伝が効いたのか、わずか30~40分で満席(30名程度)となった。
 そして思い思いに、いろいろな話の輪ができ、本当に[ふれあい喫茶]の名にふさわしい雰囲気となり、住職ともども大満足の中、終えた。・・めでたし、めでたし(このめでたしは、勝ってに僕が付けた。[笑])』
 有難うございました。合掌
 

河内長野市:『くろまろ館』へ行って来ました

ファイル 1667-1.jpg
 隣町、河内長野市の『奥河内くろまろの郷』に行って来ました。 今描いている、紙芝居『黎明のくろまろ』の現地取材が、目的です。
ファイル 1667-2.jpg
 そして、河内長野市立ふるさと歴史学習館『くろまろ館』にも、取材に行きました。
ファイル 1667-3.jpg
 玄関に、キャラ[くろまろくん]も居てました。(昔、こんな、ぬいぐるみの中に入ってバイトしてたので、ちょっと懐かしかった、暑かった。)
 くろまろ館では、館長さんに貴重なお話を聞けました。
 もう一度、紙芝居の内容を詰めるために、次回、学芸員さんにお話をお聞きします。
ファイル 1667-4.jpg
(高向(たこう)神社)
 くろまろについては、余り、現地に歴史的資料.史跡も残ってないのです。
 が、近くの高向神社には行って来ました。
ファイル 1667-5.jpg
 そして・・、
(古代米酒『玄理(くろまろ)』と、人形くろまろくん、思わず、買ってしまいました!)
 この酒をちびりちびり飲みながら、想像を膨らませ、紙芝居を描きますわ。

『季刊せいてん』春の号に載せて頂きました

ファイル 1666-1.jpg
 浄土真宗本願寺派総合研究所編集、本願寺出版発行の『季刊せいてん』春の号、[お寺は今]のコーナーに載せて頂きました。
ファイル 1666-2.jpg
 カラー見開き三ページ、写真もたくさん入ったコーナーで、これまでの僕自身の活動、そして病気後の事など、たくさん書いてくださっています。
ファイル 1666-3.jpg
 又、編集後記の欄にも『・・宮本住職の紙芝居には、人の心のフタをあける力があるようです』とまで、(読んでいて恥ずかしくなるような)感想も書いて下さっていて、嬉しい!と共に『まだまだ、精進して頑張らねば!』とも思い、身が引き締まる思いでした。
 編集者Yさん、本当に有難うございました。
 

『大阪サンガ 3月号』に写真が載りました

ファイル 1665-1.jpg

 浄土真宗本願寺派大阪教区教務所発行『大阪サンガ』3月号に、写真が載りました。
 [エリア・レポートおおさか]というコーナーに、先月に出講した『大阪スカウト指導者会』の様子の事が書かれたのです。・・そこに、写真が載ったのです。
 写真掲載の事を知らなかったもので、ページをめくっていて、突然、自分の顔が出てきたものでびっくりしました。
 載せて頂くのは有難い事です・・が、ホンマびっくりしましたわ。

昨日は『寺カフェ』の日

ファイル 1664-1.jpg
 昨日は、月一『寺カフェ』の日。
 お客様も、檀家さんやご近所の皆さんが、たくさんお出で下さり、大盛況でした。
ファイル 1664-2.jpg
 皆が集まれば、悩みの相談やら、昔の旅行の話やら・・、いつまでも尽きません。
 昨日も、涙あり、笑いありでした。
ファイル 1664-3.jpg
 写真を撮っていると、お手伝い頂いている『仏教婦人会』の会長さんが、ドアを開けてチラリ。
「いよっ、看板婦人!」いつもありがとうございます。合掌
 

毛糸のバラのたわし、制作教室

ファイル 1663-1.jpg
 昨日の夜、観念寺『仏教婦人会』主催で、[毛糸で編むバラのたわし・制作教室]を開いた。
ファイル 1663-2.jpg
 この『バラ』の形をした[たわし]は、エコで洗剤要らず、究極のたわしだそうだ。
 ご講師は、毛絲教室を開いておられるご門徒さんで、お忙しい中、時間を作って頂きボランティアで教えて頂いた。
 皆さん、約二時間で完成されて、嬉しそうに作品を持って帰られました。

東大阪市:蓮浄寺仏教婦人会さまへの『紙芝居法話』

 昨日、東大阪市の蓮浄寺さま『仏教婦人会』のご法座に、お招き頂き『紙芝居法話』をさせて頂いて来た。
 寒さ極まる夜の二月のご法座である為、ご婦人の皆様の集まりは如何なものかな?と思いきや、ご本堂満堂で、びっくりした。・・かつ、やる気がみなぎって(余計なこと?(笑)まで)時間一杯、お話させて頂いた。
 楽しかったわ~。
 又、終わってからも、若住職のお嬢さんが作られた手作り紙芝居も初披露して頂き、面白かった!
 いつも、紙芝居を演じるばっかりなので、人の演じる紙芝居を観させて頂くのは、本当に勉強になるのです。
 これからも、一緒に『紙芝居法話』の礎を築いていきましょう!合掌

今年、制作予定の紙芝居

 今日は、今年制作予定の『紙芝居』を書く。
 あくまでも、予定である。
 ・・いつ気が変わって、取り止めにするか?はたまた完成までに、5年ぐらい掛かるか・・?。それはまったく分からない。・・が、一応、今の僕の頭の中にある制作計画である。
 まず、地元の偉人・学者型外交官『高向玄理(たかむこのくろまろ)』の生涯を描いた『黎明のくろまろ』。
 この作品は、おそらく春までに完成するだろう・・と思う。
 そして、下書きがすでに完成している小泉八雲の短編『常識』。・・これは、僕の好きな(常識って何やろう?反社会派オカルト)作品である。
 そして、おなじみ宗教作品は、『蓮如上人の最も長い一日、長禄元年六月十七日』という、本願寺宗主八代目を継がれた日の[蓮如上人]のたった一日の流れを描いたドラマチックなお話。
 妙好人では僕の好きな『妙好人 赤尾の道宗』も作りたい。
 又、今年は無理かもしれないが、二部作にして前編『本願寺三代目 覚如上人』と後編『覚如上人と存覚上人・終わりなき親子の葛藤!』を企画している。
また、他宗では、真言宗と念仏の融合を考えられたお坊さん「懺悔の聖人 覚鑁上人」を計画している。
又、現代物では、サントリーの創業者[鳥居信治郎]の信仰を描いた『(仮題)鳥居信治郎とハチャメチャ信仰!』も企画している。
 さて、どこまで出来るかな・・?

 

高向玄理(たかむこのくろまろ)の話、続く・・

ファイル 1660-1.jpg
(河内長野市高向:高向玄理[たかむこのくろまろ]顕彰碑)
 前回の続きであるが、僕がなぜ?[高向玄理]に興味を持ったのか、それは・・、
 今から五年ほど前になるだろうか?
 河内長野市市民大学[くろまろ塾]という会に、講師としてお話に行かせて頂いたのが『くろまろ』公という偉人との出会いであった。
ファイル 1660-2.jpg
(同じ場所に建つ玄理人形)
 『くろまろ塾』?・・、『くろまろ』って何?・・何か犬の名前みたいな、お公家さんみたいな・・われはクロマロでおじゃる・・ちゃうか?
 えっ?やっぱり人の名前なの?・・それ、何者?
・・何時代の人なん?・・飛鳥時代。
・・遣隋使の留学生。32年も中国に居ったん。(もし、18歳で留学しても帰って来たら50歳!・・楽しい青春無いやん。)そんなん日本に帰って来たら、浦島太郎状態やん。
・・えっ『大化の改新』の影の主役のひとり(仕事人の元締めみたい?)&改新ブレーン!・・あの教科書に出てきた蘇我入鹿の頭が斬られてぶっ飛ぶ!あの事件!
・・そっそっそんな偉い人なの?なのに無名やん!・・それで河内長野市とどういう関係なの?・・ふーん、河内長野市の高向(たこう)という所で生まれたん。

 そんな説明を、担当職員の方にお聞きして、「ふ~ん。そんな凄い人が居ったんや」という感想だけ持った。
 最初はそれだけ・・であった。(変な人って感じ。)
 その後、仕事の帰り、『ふるさと歴史学習館=くろまろ館』に行って、くろまろ公について色々お話をお聞きしている内に、だんだん、だんだんと興味を持ち出し、紙芝居の主人公にしたいなと思ったのである。
 でも、これは難しいことであった。
 冒険やろうみたいな、頭カチカチの超エリートみたいな、それでいて革命家みたいな・・
 それから、何年も胸の中で暖めて、資料も読み込み、今、ようやくストーリーが出来上がった。(超軽い『紙芝居』やけど。)
 ・・という訳なのです。
 今、制作中です。・・春までに完成させる予定です。見てね。軽!以上

黎明の人、高向玄理(たかむこのくろまろ)制作中

ファイル 1659-1.jpg
(まだ途中です)
今、次の紙芝居の制作に入っている。
 題名は『黎明(れいめい)のくろまろ』という。
 これは、地元、南河内(河内長野市)の偉人《高向玄理(たかむこ・くろまろ)》の生涯を描いた物である。
 題名は「日本の夜明け前の男、くろまろ」という意味である。・・いや、夜明け前に登場し、太陽を昇らせた男という意味も含んでいる。
 夜明けとは、歴史の教科書で最初の頃に出て来た「大化の改新」である。
ファイル 1659-2.jpg
 ・・時代は、飛鳥時代。
 この紙芝居の前半は、聖徳太子に『遣隋使(けんずいし)』の一人に選ばれた《くろまろ》が、隋(中国)へ渡り、そこで[隋国]の滅亡と[唐国]の建国を身を持って経験する。
 そして32年間[国の成り立ち]を学んだ後、それを日本に持って帰り、中大兄皇子・中臣鎌足のクーデターに参加し、大化の改新のブレーンとなる。
 が、やがて、異国で問題勃発。・・くろまろはマタマタ、問題解決の為、唐へ旅立ちそこで亡くなるという・・終わり方にしようと思っている。
 スケールは大きい話なのだが、紙芝居なので、どこまで描けるか解らないが、今、一生懸命作っている。
 なぜ、くろまろに興味を持ったのか?・・それは又、別のお話。・・ご期待を。