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この一週間。

 この一週間は忙しかった・・。
 寺カフェに始まり、地元の『寛弘寺ことぶき会』への出前法話、そして昨日は、大阪市東住吉区のお寺[勝光寺様]へ、紙芝居法話をさせて頂いて来た。(一回講演をすると、やはり後でどっと疲れる)
 いつもは、七月はゆっくりするのだが、御依頼があるとそうはいかない。
 そして、今月は他宗の青年僧侶への講演もある。・・そろそろ、準備をしないと。

『七月七日』記念日の二つの紙芝居

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(垂仁天皇7年7月7日、に始まった『相撲』)
 僕の作った紙芝居で、7月7日を記念する二つの紙芝居がある。
 一つは[野見の宿禰(すくね)]の天覧相撲試合を記念した『相撲のはじまり』という作品。(未発表作品)
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(大正8年7月7日、に販売された乳酸菌飲料『カルピス』を発明した僧侶の話)
 そしてもう一つが、僧侶[三島海雲]がカルピスを発明して、市場に売り出した記念日を描いた『カルピスを発明した僧侶』という作品。
(※余談ながら、カルピスは今年で100周年で、この紙芝居の舞台のお寺『教学寺』で、明日,100周年記念法要を行うらしい。・・参拝者には[カルピスウォーター]が振舞われるそうです。
・・こちらのお寺の住職は僕の友人で「記念法要に来ないか?」と誘われたが、仕事があった為に、丁重にお断りさせて頂いた。・・記念カルピスウォーターだけ欲しかったが‥(笑))
 七月七日、・・七夕の日。まったく七夕には関係のない二つの紙芝居。
 今、見比べてみたら不思議な七月七日の偶然である。

紙芝居:『一疋(ぴき)の竜』(後編)

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 竜は、皮の無い赤い肉ばかりで、地に横たわっておりました。
 この時、日がカンカンと照って、土は熱く、竜は苦しさにバタバタしながら、水のある所へ行こうとしました。
 その時、たくさんの小さな虫が、その竜の体を食おうと出て来ました。
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 この時、竜は考えました。
「今、私の体を、この虫たちにやるのは、誠の道(仏の道)だ。
 今、肉をこの虫たちにくれておけば、やがては[誠の道]をこの虫たちに教えることができる。」と。
 竜はだまって動かずに、虫に体を食わせました。
 そして、とうとう乾いて、死んでしまいました。
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 死んで、この竜は天上に生まれ、後に、世界で一番偉い人[お釈迦様]になって、みんなに一番の幸せを与えました。
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 そして、のち、この虫たちもみんな人間に生まれ変わりました。(・・そうか、僕らは竜の体を食べた虫だったのか⁉・・余談)
 そして、竜の考えたように、未来で、お釈迦様のみ教えを(お経を通して)聞いて、誠の道に入りました。
 このようにして、お釈迦様が誠の為に、身を捨てたことは、今は世界中、あらゆる所を満たしております。
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 この話は、おとぎ話ではありません。おしまい

 ・・もう一度、この話はおとぎ話ではありません。

紙芝居:『一疋(ぴき)の竜』(前編)

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(この紙芝居を描く為に、買って作った[竜]のプラモデル。結構作るのが難しかった。・・鉄のプラモなので手を切って血だらけになってしまった。[笑])
 (はじめに)
・・何年か前に、岩手県の『宮沢賢治記念館』へ行ったことがある。
 そこで、学芸員の方に『賢治』の仏教的作品について、色々と教えて頂いた。
 その作品に(ジャータカ(仏の前生談)などの影響から)『よだかの星』なども(自己犠牲談も)あるが、僕はこの『手紙』という名で、後世に残った『竜』の話がとても印象にのこった。・・なぜ、この題名が『手紙』かというと、賢治が誰かに宛てて書いた手紙ではなく、物語を思いついたら、やたらめったに友人や知らない家のポストに入れまくって配ったから、こんな題名が付いたらしい・・。もらった人はどう思ったろうか?案外迷惑な『手紙』だったのではなかろうか?「これ何?」と思ってすぐに捨てられた方もあったのであろう?・・が、それが賢治らしくて僕は好きだ。
 尚、この紙芝居は、原作の表現を少しわかりやすく変えて作りましたので、原文を読まれたい方は、文庫本を買って読んでください。
 それでは、はじまり、はじまり~
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 昔、あるところに、一疋(ぴき)の竜がいました。
 力が非常に強く、形も大層恐ろしげでありました。
 それに強い毒も持っていました。
 それで、あらゆる生き物がこの竜に遇えば、弱いものは気を失い、強いものでも死んでしまうことがありました。
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 が、ある日、この竜は良い心を起こしました。
「これからは、もう悪いことはしない!すべてのものを悩ませない!」と誓ったのです。
 そして、静かなところを求めて、林の中に入り『物事の正しい道筋』を考えていました。
 が、とうとう疲れて眠ってしまいました。(ねっ、寝んのかい⁉)
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 竜は眠っている間は、形が『へび』に変わります。(・・そんなん初めて知ったわ⁉・・余談だが、ブッタの弟子のカッサパ三兄弟の話に出てくる竜も、ブッタに諭されて蛇に姿が変わったと書かれてあったような・・、知らんけど)
 この竜も大きな蛇の形になりました。
 体は綺麗な瑠璃色や金色の紋があらわれていました。
 そこへ、猟師たちがやって来ました。
 そして、この蛇を見て、ビックリするほど喜んだのです。
(喜ぶ前に驚いて怖がれよ‥余談)
「こんな綺麗な珍しい皮は見たことがない。王様に献上すれば、さぞや喜ばれるであろう!」と。
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 そして、猟師たちは杖でへびの頭を押さえて、その皮を剥ぎ始めたのです。
 竜は気が付いて考えました。
「俺の力は、この国さえも壊せる。こんな猟師ぐらいなんでもない。
・・けれど、私は『もう悪いことはしない!』と誓った。
 この猟師を殺したところで可哀そうだ。
 もはや、この体は投げ捨てて、こらえてやろう。」と、竜はへびから元の姿に戻るのを、我慢しました。
 そして、すっかり覚悟が決まりましたので、目をつぶって痛いのをじっとこらえました。
 又、猟師たちに毒をかけないように、息をこらえて、悔しいという心さえ起こしませんでした。
 そして猟師たちは、皮を剥いだら行ってしまいました。
 そこで、ようやく蛇から、竜の姿に戻りました。 
 後編へつづく
 

瞑想教室

 去年の秋から、月に一回、『瞑想教室』に通っている。
 お釈迦様も、瞑想(座禅)によって、悟りを開かれた。
 もちろん⁉、僕が『悟り』なんて、とても開けるものではないことは重々承知だ。
 だが、僕も来年は還暦。人生も後半戦に入った。
 少しでも、お釈迦様の真似事をしたい・・と思ったのだ。手遅れかも・・(苦笑)
 若い人たちに交じって、瞑想の真似事をするのは恥ずかしいが、少しでも先達たちの、爪の垢を煎じて飲めるまで成長したい・・と思っている。
  

「石上露子」伝、紙芝居から挿絵へ

地元、富田林の明治期の歌人「石上露子」の(近々出版されるであろう)童話の挿絵が、ようやく完成した。
以前に作った(この主人公の)紙芝居の絵から、はるかに枚数を増やして描いた。
文章は、石上露子の事といえば、この人しか居ないであろうと思われる奥野和子先生である。
さて、どのような童話になるか?今から楽しみである。

紙芝居: 『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(後編)

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「あなた、この私には、まだ年頃の子供がおりまして・・、その子たちの将来のことも考えてやらねばねぇ・・。
 私が死んだら、どういうことになるか⁈・・心配で心配で・・。」と言って、薬を飲むのを断りました。
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 医者のふりをしている師匠は、次に彼の妻に声をかけました。
 そして、薬を手渡しました。
 妻は考えました。
 そして、やがて涙をためて言いました。
「主人は、今日までの寿命だったのですわ。・・私が死んだらこの赤ん坊はどうなりましょう⁈誰が育ててくれるでしょう?・・この薬を飲むわけにはいけませんわ。」と。
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 そうこうしているうちに、薬の効き目がなくなって、弟子は身体を自由に動かせるようになりました。
 彼はその時、誰一人、自分のものではない事を、はっきり悟りました。
 そして、ベッドから降りて、師匠と共に家を出て行きました。
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 師匠は弟子に話されました。
「これで分かっただろう・・。
 でもただ一人、自分のものと呼べるお方がいる。
 それが、神仏だよ」と。
 おしまい

紙芝居: 『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(中編)

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弟子は言われた通りにしました。
・・そして、死んだようになりました。
 母、妻、その他の肉親たちは、彼が突然亡くなったと思い泣き始めました。
 折も良し、その時、医者に変装した師匠が訪ねてきました。
「わしは医者だが、どうして泣いているのか⁈」と訪ねると、家族は訳を話しました。
 そこで、医者はみんなの前で言いました。
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「ここに良い薬があります。これを飲ませると、旦那さんは必ず生き返ります。
 ・・だが、一つ条件があります。
 この薬は、まず最初に、親族の者が飲まなければならないのです。
 それから、旦那さんに飲ませます。
 すると、旦那さんは生き返ります。・・が、最初に飲んだ者は死ななければなりません。
 見渡したところ、お母さんも奥さんも、親戚の方たちも、何人もおられる。
 きっと、どなたか、この薬を飲んでくださるでしょう。
そうすれば、この前途ある若者の命は助かります。」と言いました。
 もちろん、幽体離脱した弟子は、すべてを聞いていました。
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 医者のふりをしていた師匠は、まず母親に声を掛けました。
 母親は嘆きのあまり、床の上を転げまわって泣いていたのですから・・。
「お母さん、もう泣くことはありません。
 早くこの薬をお飲みなさい。そうすれば、息子さんは生き返ります。・・もっとも、あなたは死にますが・・。」と言いました。
 母親は薬を手のひらにのせて、考え始めました。
 ずいぶん、考えました。
 そして、医者に言いました。 つづく
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紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(前編)

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インドのえらーいお坊様のお話の続編
 ある日、えらーいお坊様は、弟子のひとりに、こうおっしやいました。
「神様、仏さまだけが、お前のもの。ほかの者は、誰一人お前のものではないんじゃよ。」と。
 それを聞いて、弟子の一人が不服そうな顔をして、反論しました。
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「でも、先生!私の母も妻も、大層良く私の世話をしてくれます。
 一度会って下されば、お分かりになります。
 彼女たちは、とても私を愛してくれています!」と言いました。
 すると、師匠はニッコ笑って・・、
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「それはお前、錯覚というものさ・・。誰一人、お前に属している人間はいない。
 その事実を私が見せてやろう。
 ここに、不思議な薬がある。
 これを家に帰ったら、すぐ飲んでベッドに入って寝ていなさい。
お前は誰が見ても死んだようになる。
 家族は驚く!お前が死んだと思うだろう。
 だが、お前の意識はハッキリしていて、何でも見えるし聞こえる。いわば、幽体離脱じゃ。
 その時、わしが医者に変装して、お前の家を訪ねて行こう。」と言いました。つづく

紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~縛られた人の巻』(後編)

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だが、二匹か、三匹くらいがドボーン、ドボーンと、音をたてて逃げてゆく。
 そんな時、漁師は言うよ。「おっ、一匹デカいやつが逃げちまったぞ!」と。
 これが『悟れた人』。大いなる安らぎが手に入った人じゃ。
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 しかし、網にかかった大部分の魚は、逃げようともしない。
 それどころか、網の目を口にくわえて、湖の底に潜り込んでじっとしてる。「もう心配ない。俺たちはうまくいっている」と考えている。
 世の中はそんなもんじゃ・・。
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 やがて漁師たちが網を引き上げ、一匹残らず捕まってしまうことが、どうしてもわからない。
 これが、そっくりそのまま、『縛られた人』の有様じゃ。
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 皆の衆、世間の楽しみなど、幻のようなもんじゃ。
・・地位、名誉、お金、すべては幻・・。
 漁師の網を抜け出す!それは、世間の束縛の網!
 大いなる安らぎを求める、そんな方法をそれぞれが探すこと・・それが大切な事なんじゃよ。 おしまい