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千早赤阪村『西楽寺』さまの[花まつり]

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 お釈迦様のお誕生日フェア「花まつり」への『紙芝居』出講が続いている。
 今日は、大阪府千早赤阪村の『西楽寺』さま主催の[花まつり]にお招き頂いた。
 (どこの地域の子供さんの数も少なくなり)小さい子供さんたちのご参加人数を心配されていたが、赤ちゃんを抱く若いお母さん達や、元気な小学生たちが多くお参りくださり、『お釈迦様の紙芝居』にも熱が入り、演じていて楽しかった。
 いつもお世話になってます住職様、坊守様、又総代さんや婦人部の皆様、(受けてもらう「さくら」も、率先してやって貰い)大変お世話になり有難うございました。合掌

仕事の合間にお芝居(イッセー尾形さんの『妄ソー劇場』)を観てきました

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昨日、仕事を終えてから天王寺の近鉄アート館に行って、『イッセー尾形の「妄ソー劇場」』という、一人芝居を観てきました。
 このお芝居は、文豪・太宰治、川端康成等の小説の中のわき役達にスポットを当てて、イッセー尾形さんがわき役に成り切って、コント的な小芝居をするというものです。
 元来、僕はそのような「わき役達の心情にスポットを当てて物語る」というものが好きなので(そんなん、大好き!)その自由な妄想が大変楽しかったです。
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 帰りにサインとご一緒に写真を撮って頂きました。

極楽寺さまへ、14回目の『紙芝居法話』

お釈迦様の誕生日ウイーク『花まつり』の出講が続いている。
 昨日は、堺の極楽寺さまへの『紙芝居法話』であった。
 お寺の記帳を拝読させて頂くと、今年で十四回目であった。
 よくも、毎年(飽きることなく(笑))お招き頂けたものだと、改めて、尊いご法縁に感謝させて頂いた。
 毎年、違う『紙芝居』を混ぜ込んで、させて頂いているが、「もう飽きられないかなぁ‥(笑い)」と思いながら、紙芝居の裏の文章もあっちこっち変えながら、皆さんに新鮮に心に届くように読ませて頂いている。
 本当に、(毎度)極楽寺のご住職様、ご門徒の皆様、お招きいただき有難うございます。深く感謝申し上げます。合掌
 

奈良県橿原市仏教会金橋支部『花まつりの集い』

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今日、奈良県橿原市金橋支部主催の『花まつりの集い』にお招き頂き、[紙芝居法話]を演じに行かせて頂いた。
 会所は『浄栄寺』さまだ。
 子供半分、大人半分の会場で、低学年の子供にもわかるように、又、大人が見ても勉強になるように、『おしゃか様物語』の紙芝居を描き直して演じた。
 後半は『三尺三寸のお箸』と、アンコールの『共命鳥のはなし』も演じて、(このお話が子供の将来の右か左か決めねばならぬ時に役立ちますように!と心を込め)、ついでに(笑)大人にも喜んでいただけるように気持ちを込めて演じた。
 (自己満足になるが)感触は良かったと思う。
 金橋支部の役員様、お世話になり有難うございました。合掌
 

紙芝居のメニューが、170作品を越えました!

紙芝居のメニューが、170作品を越えました。
歌人であり、仏教婦人会本部長であった、み教えに生き抜かれた『九條武子』さま。
又、ファンタジー昔話の中に、人々の悲劇が隠されている『夜泣き石』。
 仏像界のアイドル阿修羅神の悲劇を描いた『悲しき阿修羅』。
 大河ドラマの題名にまでなった走るスーパースター神『走る!韋駄天』など・・。
 『出前メニュー』にアップしましたので、覗いてみて下さい。

観念寺の[春季彼岸法要]

昨日はうちの寺、観念寺の彼岸法要の日。
他のお寺でお話するのも緊張するが、自分の住む寺でお勤めするのも(同じように)緊張する。
 ・・でも、その『お彼岸ウイーク』も今日で終わり。
 今、『ほっ』としています。

河南町:『善秀寺』様の「春季彼岸法要」

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(善秀寺さまのご住職と共に)
今日は、地元河南町の『善秀寺』様へ、[紙芝居法話]のご縁を頂いて来た。
 こちらへの出講は、もう何回目になるだろうか⁈(10回ぐらいかなぁ?・・例年、春のお彼岸には呼んでいただいている)
 だから、こちらには毎年、新作紙芝居を演じるようにしている。
 今年は「阿修羅」、「韋駄天」等をさせて頂いた。
 タイムリーな中に、仏教の教えがきっちり入っているものが、やはり良いなぁと感じたご縁だった。
 毎年、飽きずに紙芝居を観て頂き、善秀寺の皆様、御法縁を有難うございました。合掌

東大阪市:『蓮浄寺』様の[春季彼岸法要]

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(蓮浄寺さまの毛利浄香若院とともに)
昨日、東大阪市の『蓮浄寺』様[春季彼岸法要]に、「紙芝居法話」でお招き頂いた。
 こちらのお寺は、今回で二回目。
 二回目というのは、一回目より遥かに難しい。(映画の続編は一回目を超えれるか⁈・・というようなものである。)
 ・・ということで、チョイスする紙芝居を悩みに悩み、選びに選んで、効果的になる演目の順番も考え、演じさせていただいた。(真宗の定番『赤尾の道宗』や若院からのリクエストで『杜子春』などに決めた)
 この選び方で、良かったのではないか⁈と今思うのであるが、いつも本当に(前回のお寺の雰囲気や年齢層、男女の割合などを考え、)『紙芝居』の演目には悩むのです。・・今回もうちの坊守と一緒に決めました。
 さて、こちらの若院さんも『仏教紙芝居』を描き演じられる。又、今回驚いたのは、スマホの動画で見せて頂いたのだが、オリジナル仏教漫才も(元吉本漫才師の相方と)されるのだ。
これは、是非うちのお寺でもやってもらわねば・・と帰り際にお願いしてきた。
 蓮浄寺の皆様、今年もいろいろとお世話になりました。又、来年もどうぞよろしくお願い致します。合掌
 

奈良県桜井市:『円融寺』様の[春季彼岸永代経法要]

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(円融寺さま門前にて、(三つ年上の)明るいご住職と)
昨日、奈良県桜井市にある浄土真宗本願寺派『円融寺』さまの[春季彼岸永代経法要]に、[紙芝居法話]で出講させていただいた。
 こちらのお寺へは、五年前に一度お声を掛けて頂いたのだが、直前に僕が倒れて入院した為中止となり、ご迷惑をかけてしまったのだ。
 今回は、前回にご迷惑を掛けた分、万全の体調で臨ませて頂き(栄養ドリンクをガバガバ飲み(笑)、少々テンションを上げて)お話させていただいた。・・まぁまぁ所々失敗もしたが・・(苦笑)リベンジ、リベンジ、再挑戦と言いながら運転して向かったのだ。
 本堂満堂の中、温かいご門徒さまばかりで、(これはご住職の明るくおちゃめな性格もあるのだと非常に感じた・・)この雰囲気の中、僕自身も(失敗も何のその)たいへん楽しくお話しやすかった。
 円融寺の皆様、たいへんお世話になり、本当に有難うございました。合掌
 

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その6 最終回)

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 足の速い神[韋駄天]のもう一つのエピソード。
 韋駄天には、お釈迦様のボディガードという仕事の他に、もう一つ仕事がありました。
 それは、お釈迦様やお弟子たちへの『食料調達係』という、(足の速さを買われての)仕事でした。
(※余談だが、ボディガードと食料調達仕事は、両立したのだろうか?・・もし、食べ物を集めている途中、お釈迦様が襲われたらどうしたろうか⁈・・が、考えてみたら、仏様のボディガードの神は、韋駄天だけではない。ほかにも沢山(ケビンコスナー級[笑]のガードマンたちが居たろうから、そんな心配は無用なのだろう・・。)
 韋駄天は、自慢の足の速さを使って、食べ物材料の調達係をしました。
 山を越え、谷を越え、野菜や果物などを集めて回ったのです。
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 それで皆は韋駄天に感謝し、「韋駄天様、馳せて走って、食べ物を集めてくださり有難うございます。・・馳走さまでした!」と言いました。
 それがやがて、『ご馳走さまでした』という言葉の由来になっていったそうです。
 今では食事の最初に『尊い命をいただく』ので、『いただきます。』と言い、
 最後に、韋駄天のように(馳せて走って)食事を用意して下さったたくさんの人たちへの感謝を込めて、『ご馳走様でした』というようになったそうです。
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 仏様の為に、たくさんの人々のために、走り回って活躍した神様『韋駄天』。
 今も、京都は泉涌寺さまの『舎利殿』で、仏舎利を守っておられます。
 又、『馳走』の由来から、様々なお寺の台所にお祀りされております。 
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(仏舎利と韋駄天)
 おしまい