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紙芝居:「讃岐の源太夫!」 〔後編〕

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 〔源太夫(げんたゆう)〕が木に跨り、阿弥陀さまを呼び続けて、何日かが経ちました。
 或る日、偶然通り掛かった村人の一人が、その声を聞いて「何をしていなさる?」と尋ねました。
 すると源太夫は、
「坊主が、『西の方に向かって歩いて行き、〔阿弥陀〕さんを呼んだらその仏さんが返事をしてくれる』と言うたので、西に向かってここまで来たんじゃ。・・しかし、もうこれ以上は西に行けないんで、この木の上で〔阿弥陀〕さんを呼んでおるんじゃ。」と答えました。
 そこで村人は、
「あんたはそう言うけど、本当に阿弥陀さんは返事をして下さるんかい?」と問うと〔源太夫〕は、
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「そうじゃ、聞こえてくる!・・わしが鉦を打って『阿弥陀さんよぉー』と呼ぶと、向こうから『おおい、仏はここにおるぞー。』と答えてくれる」と言いました。
 そこで村人が「そりゃ本当か?!」と言うと、源太夫は、
「本当じゃ、今からわしが仏を呼んでみる。そしたら、阿弥陀さんが返事をしてくれるから、耳を澄まして聞いてみろ。わしが呼んだら必ず答えてくれるのじゃ。」と言って、懸命に鉦を打ち、
「阿弥陀さんよぉー、阿弥陀さんよぉー!」と呼びました。
 しかし、村人には何も聞こえてきませんでした。
 けれども、木の上の源太夫は嬉しそうに「どうだ、仏さんの声が聞こえただろう。」と言うのです。
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 そこで、村人は村に帰って、皆に「変わった男がおるんじゃ。木の上に座って、ずっと仏さんの名前を呼んでおるんじゃ。」と言いました。
 その次の日、その話を聞いた大勢の村人達が、岸壁まで行って見ると・・、
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 木の上で〔源太夫〕は、眠るかのように息絶えておりました。
 そして不思議なことに、その口から真っ白い一本の《蓮の花》が咲き出ていたという事です。 おしまい

(あとがきにかえて)
 この紙芝居は、『今昔物語集十九』を元にして、〔芥川龍之介〕の『往生絵巻』という短編戯曲を参考に作った作品である。
 とくに、大感動的な話ではないのだが、なぜか僕はこの作品に心が引かれ「紙芝居」化した。
 悪党:源太夫に、いったいどのような心の変化があって、阿弥陀様探しの旅に出たのであろう?
 芥川氏の戯曲には、『(説法を聞き、)見共はその時、体中の血が一度に燃え立ったかと思う程、急に阿弥陀仏が恋しゅうなった・・・。』と書かれてある。
 自分はどうしようもない悪人である自覚と、死後の恐怖を〔源太夫〕は、常に持って生きていたのか・・?
 きっとこの話(今昔物語)に、芥川氏も何か感じる処があったに違いない・・だから戯曲にされたのだろう。
 人は、自分の心の中の悪を常に自覚し、何かにすがりたいと(常に)思う。・・僕も同じだ。だから、源太夫に共感してしまう。
 最後に、讃岐から西に西に向かうと、一番先は『愛媛県』の〔佐田岬〕になる。
 源太夫は、その岸壁から、海以外、果ては何も見えなかったという。
 しかし、実際は〔佐田岬〕から、九州の〔大分県〕が見える。(舟を使えば、もっともっと西へ行けるやんけ。)
 だから、おそらく〔源太夫〕は『西へ西へ』と言いながら、南西へと緩やかに曲がってしまい、最終的に『宇和島』か、〔高知県〕の『足摺岬』ぐらいに行ってしまったのではなかろうか?
 そうすれば、果ては太平洋であり、話が通る。
 僕はこの紙芝居を書きながら、ずっとそんな事を考えて『地図』を眺めていたのであった。 おわり
 
 
 

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