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紙芝居:『ナニワの浪花千栄子女史』(その11:最終回)

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 又、信仰家でもあった千栄子さん。
 彼女の人生そのものが(まるで関西版[おしん]のような)波乱万丈であったせいか、神仏のすがり、深く敬い、朝起きれば、毎日40分間も勤行をされていたとか。
 そして、その口癖が、「真心を忘れてはいけない」であったそうです。
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 そして千栄子さんは、その晩年、京都の嵐山に自分の夢であった自宅兼料理旅館を持ちます。
 その自宅の庭には、竹林をつくりました。
 それは、子供の頃、自宅のすぐ側に竹林が
あり、唯一その中に隠れた時が心の安らぎを覚え、それを再現したかったからだそうです。  
 そう、彼女の中には(辛い思い出だけど)故郷の南河内の思い出がありました。
 その旅館の名前は[竹生(ちくぶ)]と名付けられました。
 昭和48年12月、この日も千栄子さんは懸命に働き、「ああ、疲れた」と言って床に入ったそうです。
 結果的にこれが最後の言葉になりました。
 浪花千栄子、行年66歳。病名は消化管出血でした。
 大阪のお母ちゃんと呼ばれた大女優は、今、京都の嵐山に眠っています。おしまい

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