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紙芝居:『南河内が生んだ大女優 ナニワの浪花千栄子女史』(その3)

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大阪で、下働きの女中さんのことを『おちょやん』と呼んでいました。
 浪花千栄子さんが、九歳で女中奉公に出た時、仕出し弁当屋の主から「ええか、お前は今日から『おちょやん』や。おちょやんっと呼ばれたら、『ハーイ』と大きな声で返事せなあかんで!」と云われました。
 そして朝から晩まで、弁当作りの手伝いから、芝居小屋への弁当配達、又主人の子の子守まで、ただひたすら働きました。
 その当時の唯一の楽しみは、芝居小屋への配達だったそうです。
 それは毎日の役者のお芝居が、チラッと見えるからでした。
 彼女はお芝居が好きでした。
 そのうち、彼女は役者の台詞も全部覚えるようになっだそうです。
 この頃から、彼女は女優の片鱗があったのです。
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 朝から晩まで働く彼女の一番辛かったことは、文字の読み書きが出来ない事でした。
 そこで彼女は、いらない新聞紙をため込んで、お便所でそのチラシを出して、一文字づつ覚えたそうです。
 それで、先輩から「おちょやんの便所は長いなぁ。昼寝してんのとちがうか?」と、嫌味をよく言われたそうです。つづく

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