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僕は、『そんごくう』

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『そんごくう』という、話の紙芝居(文学もの11)を作った後、不思議な夢を見た。
それは僕自身が、自分の作った紙芝居の中にいる夢だ。
この物語は、主人公のそんごくうと三蔵法師一行が、天竺の国に向かって旅をする有名なお話だ。
この紙芝居の最後の場面に、ついに天竺という理想郷のゴールが見え、旅の一行は感激して立ち尽くすという絵がある。(写真参考)
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夢の中で、僕は「そんごくう」自身になっていた。
横を見れば、仲間のブタの猪八戒・カッパの沙悟浄、そして馬に乗った三蔵法師がいる。そしてなんとこの仲間達の顔が、みんな僕になっているのだ。
そして、そんごくう自身である僕は、この仲間達を見ながら、「彼等はみんな僕の分身なのだ!」と思うのだ。
猪八戒は食欲と性欲に汚い僕であり、沙悟浄は猜疑心が強く優柔不断な僕。又、僕の本体であるそんごくうは直情的で短気、そして自惚れやな僕そのもの・・なのだ。
そしてそのボスは、ひ弱だけれど、理想主義者の三蔵法師であり、これも僕自身なのである。
このボスの三蔵法師は口を開けば、「人間は真っ直ぐに清く正しく生きねばならない」と言う。この説教臭いお坊さんを仲間達皆は疎ましく思う。・・が、それでもやはり皆はこの方が好きなのである。だからリーダーとして仰ぐのだ。この人の言っていることは正しいと心の底で思うので、しぶしぶながらも皆お供してついて行くのだ。(理想を目指す人生という旅に!)
別に天竺というゴールに着かなくても良いのだ。旅をしながら、善人にも悪人にも逢い、時には化け物にも出遭い、成長していくのが目的なのだから・・。
しかし、どこに行ってもどんな目にあっても、すべては仏様の手の中で動いているのだから、安心して進めば良いのだ。
そんな事を、僕はこの夢の中で悟った。
考えてみれば変な夢だ・・。でも、ひょっとすると『そんごくう』という物語が、いつの時代にも皆から愛されている理由は、案外こんな所にあるのかもしれない・・。不思議な夢だったが、目が覚めた後、やけに清々しかったのを今憶えている。
紙芝居を作りながら、こんな夢を見たり、新たな発見ができたりするので、描くのがやめられないのかもしれない・・。

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