住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:「大石順教尼ものがたり」(その7)

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 その後、妻吉は高座を降り、25歳でプロの絵描きと結婚。
 そして、二人の子供にも恵まれます。
 が、33歳で離婚。
 彼女は生活の為、布地に花や鳥などの模様を描く[サラサ]のプロになって、子育てをして生き抜きます。
 さらに、身体障がい者婦女子の福祉相談も始めるのでした。
 その後、口に筆を噛むと、激痛が走るという難病にも掛かりますが、それも一年で乗り越えます。
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 そして、『堀江六人斬り事件』の犠牲者を弔う為、(長年の願いであった)高野山で、45歳の時に出家得度。
 名前を[大石順教]と、改めました。 つづく
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(高野山)
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(高野山:奥の院参道に建つ『大石順教尼の墓』)

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