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~その後の安珍と清姫~『清姫を救え!物語』

 ・・何年も前の話になるが、〔安珍〕と〔清姫〕の紙芝居を作るにあたって、現地に(和歌山県の《道成寺》、そして清姫の生家跡《真砂(まなご)の里》)まで取材に行ってきた。
 《道成寺》では今でも、『絵説き説法』と称し、お寺のお坊さんが〔安珍・清姫〕のお話を絵で説明してくださっている。
 僕も〔体育座り〕をして一番前で、そのお話を聴いた。
・・が、説明するのが、《お寺》側からの見方をするので、どうしても〔安珍〕寄りの観方になっている。つまり〔清姫〕は悪者(加害者)として説明されている。
 又、僕も気になっていた〔あの後味の悪い悲劇的な終わり方〕の最後は、・・向こうの説明では、「その後、このお寺の僧侶の称える《お経》の力によって安珍と清姫は救われたのでございます」と言われた。・・この無理やりの《お坊さんの権威》を示す〔ラスト〕のオチも僕は納得できなかった。
 又、清姫の生家跡《真砂の里》の看板説明では清姫側の言い分(つまり悪いのは〔安珍〕だ!彼はプレイボーイだったのだ!)的な事が書いてあった。
 どちらが本当なのかはワカランが、僕は〔清姫〕の墓の前で手を合わせて誓った。「必ず僕があんたの無念を晴らして、納得させて救ったる!」と・・。それで作ったのが、この《続編》である。
〔あらすじ〕(昔話もの13)
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・・あの『道成寺事件』が起こってから何年も経った。
 その後〔安珍〕は、焼け死んだ時の苦しみも癒え、長い階段を登り、今〔閻魔大王〕の裁きを受けようとしていた。
〔閻魔さま〕は安珍に、未だに川の底で苦しむ〔清姫〕を救うようにと命じられる。
 そして、この世に戻る安珍。そこで未だ大蛇のままの姿の清姫に遇う。
 安珍を見つけた清姫は、又襲い掛かって恨みごとを述べる。
・・が、安珍は落ち着いて《愛》について話し始める。
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「良いか清姫、《愛》というのは人を縛るものではない。愛は人を許し自由にするものなのじゃ。そなたの《愛》は私を苦しめ、そして結果的に自分も苦しめている。仏教ではそれを《渇愛(かつあい)》と呼ぶ。・・それはモノを貪り執着する愛の事じゃ。」
 それを聴いて清姫は「けれど、私はあなたを愛さずにはおられなかった。それを誠の愛ではないと言うのか!」と叫んだ。
 ・・安珍は続けた。「私は『愛してはいけない』と言っているのではない。自己中心的な考えではダメだといっているのだ。・・愛する者の立場もよく考える事。そなたはなぜ私があの時『又帰って来る』と嘘をついたか考えてみた事があるか?私は修行中の身で結婚はできない。帰って来ても、そなたを深く悲しませるだけと思ったからじゃ」・・・。
 その後この『紙芝居』は、もう少し安珍と清姫の《恋愛》についての問答が続くのだが、長くなったので一気に《ラストシーン》に移りたい。
 最後、この長い会話の果て、清姫は《誠の愛とは何か?》に気づき始める。そして少しづつ自分自身を取り戻していく。するといつの間にか〔人間〕の姿に戻ることができ、最後は二人仲良く手をつなぎ〔閻魔様〕の元に《誠》の裁きを受けに行くができた・・という結末にした。
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・・もうひとつ忘れてはならない。その一部始終をそっと見ておられた〔閻魔様〕は微笑みながら、《極楽浄土》往きのペアチケットを二枚用意しているという所で終わりにしている。・・長くなりましたが、これにて、おしまい。
 

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