「・・ところが、時節到来と申しましょうか、ついに、大正五年十月に犯人は捕まったのです。
犯人の名は《坂下鶴吉》といい、やはり、殺人の動機は金銭目的でした。
この凶悪な男は、その後も犯行を繰り返し、全部で九人もの尊い人の命を奪ったのだそうです。
閣下、
私は裁判所で初めて、この姉夫婦の命を奪った男の顔を見ました。
骨太で低い鼻、血走った眼、獰猛な獣のような感じでした。
・・が、裁判長が『死刑』を宣告すると、そのような男でも、サッと顔色を変えて、頭を低くうな垂れたのでした。
私の感情からすると、死刑でもまだ足りないぐらいの気持ちでしたが、犯人のこの時の顔色を見て、少しは心が安らいだのです。」
「やがて、犯人《坂下鶴吉》が〔処刑〕された事を新聞で知りました。
姉夫婦の殺された時の恐怖を考えますと、処刑の事実を聞いても、まだ満足できませんでしたが、今の『刑法』では仕方がありません・・。
この時、私の心を長い間苦しめてきた憎悪の気持ちが、今ようやく晴れたかのように思え、私は現在の『司法制度』に、ある感謝の気持ちさえ持ったのです。
・・・が、しかし閣下、
これで、この事件が終っていたとしたら、何もこのような長い手紙を、閣下に送る必要はなかったのです。」 つづく
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紙芝居:「ある抗議書」 その5
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