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紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その6 最終回)

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 足の速い神[韋駄天]のもう一つのエピソード。
 韋駄天には、お釈迦様のボディガードという仕事の他に、もう一つ仕事がありました。
 それは、お釈迦様やお弟子たちへの『食料調達係』という、(足の速さを買われての)仕事でした。
(※余談だが、ボディガードと食料調達仕事は、両立したのだろうか?・・もし、食べ物を集めている途中、お釈迦様が襲われたらどうしたろうか⁈・・が、考えてみたら、仏様のボディガードの神は、韋駄天だけではない。ほかにも沢山(ケビンコスナー級[笑]のガードマンたちが居たろうから、そんな心配は無用なのだろう・・。)
 韋駄天は、自慢の足の速さを使って、食べ物材料の調達係をしました。
 山を越え、谷を越え、野菜や果物などを集めて回ったのです。
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 それで皆は韋駄天に感謝し、「韋駄天様、馳せて走って、食べ物を集めてくださり有難うございます。・・馳走さまでした!」と言いました。
 それがやがて、『ご馳走さまでした』という言葉の由来になっていったそうです。
 今では食事の最初に『尊い命をいただく』ので、『いただきます。』と言い、
 最後に、韋駄天のように(馳せて走って)食事を用意して下さったたくさんの人たちへの感謝を込めて、『ご馳走様でした』というようになったそうです。
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 仏様の為に、たくさんの人々のために、走り回って活躍した神様『韋駄天』。
 今も、京都は泉涌寺さまの『舎利殿』で、仏舎利を守っておられます。
 又、『馳走』の由来から、様々なお寺の台所にお祀りされております。 
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(仏舎利と韋駄天)
 おしまい

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その5)

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(能楽『舎利』[舎利を抱える鬼])
紙芝居では、『舎利』を盗んだ鬼の逃亡者[足疾鬼]が、追跡者[韋駄天]に捕まり、「もうしませーん!」と反省したが、実はそうではなかった。
・・そう、この話にはまだ後日談があるのです。
今回は、その余談のお話になります。
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(会場:茨木クリエイトセンター)
 能楽に『舎利』という演目があります。
 昨日、茨木クリエイトセンターに行って観てきました。
 物語は、実は足疾鬼が、まだ『舎利』をあきらめきれず、あれから日本の『泉涌寺』に奉られた『舎利』を、人間に変装して盗みにやって来るところから始まります。
 そして盗みに成功した鬼の、また逃亡が始まります。
 泉涌寺の寺の僧たちの祈りに応えて、天界よりまたまた韋駄天が呼び出され、『ルパーン、待てー!いや違う、足疾鬼、逮捕じゃー!』と銭形のとっつぁん警部のように、舞台の上で、足疾鬼と追いかけっこをして、最後には無事に『舎利』を取り戻し、お寺に返すというストーリーです。(これが本当の鬼ごっこ)
 (ゴジラの動きのようで?)あまり激しい動きのないの能楽には珍しいアクション活劇ですよね。・・けっこう面白かったです。セリフは余りわからんかったけど・・。)
 が、最後は足疾鬼が、まだ残念そうに『舎利』を持ち去る韋駄天を見つめる所で舞台は終わっているので、きっとこれは『続編』を考えていたのでは?と思ってしまいました。 
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(泉涌寺:『舎利殿』)
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(今も韋駄天は、仏様の『舎利』を守っている)
 ・・さて、この紙芝居はまだ終わりません。
・・もう一つ大事な『韋駄天』のエピソードがあるからです。 次回、最終回   つづく

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その4)

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 韋駄天は、神様です。
 鬼がどこに逃げようと、直感で分かります。
「あっ、あそこに見えるは、大事に何かを抱える鬼⁉・・あやつこそが[足疾鬼(そくしつき)]に違いない!・・待てー!」と、韋駄天は鬼を発見し、追いつきました。
 そして、ついに足疾鬼を捕まえたのでした。
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「許してくだされー。わしもお釈迦様の[舎利]を持って、幸せになりたかったのじゃー。もう、悪いことはいたしませーん。舎利はお返しまーす。」と、足疾鬼は泣く泣く言いました。
「鬼よ、素直に返すなら命はとらぬ。・・人の物を盗むことで幸せにはならぬぞ!よーく、反省せよ。」と、韋駄天は言いました。
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「この通り、お釈迦様の歯の[舎利]は、無事に取りもどしました。お受け取り下さい。」
「確かに。・・韋駄天、感謝いたします。有難う!」と、お坊さんたちは厚く御礼を言いました。
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 そして、やがてこのお話が世界各地に伝わり、足の超・速い人のことを『韋駄天走り』と、日本でも云われるようになりました。
 今も日本の陸上競技会では、若き『韋駄天』たちが、たくさんの声援を受けて大活躍していますよね。 つづく

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その3)

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「韋駄天、頼みましたよ。何とかしてあの鬼を捕まえて、お釈迦様の[歯の舎利]を取り返してください!」
と、お坊さんたちは韋駄天に頼みました。
「はい、わかりました!」
と、韋駄天は走り出しました。
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 その速いこと、速いこと!
 土煙を上げて、あっという間に、お坊さんたちの前から消え去りました。
 そして、韋駄天はスーパーマンのように飛ぶように走りました。
つづく

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その2)

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鬼の名前は、[足疾鬼(そくしつき)]と云いました。
 鬼は、お坊さんたちの前に出て来て言いました。
「お願えでございます。あっしにも、お釈迦様のお骨(舎利)を見せてくだせえ」と。
 そこでお坊さんたちは、一つの容器を取り出して来て、言いました。
「これはなぁ、お釈迦様のお口の中の[歯]の舎利じゃ。たいへん尊いものじゃぞ。持っておれば幸せになれるという、貴重な物じゃ。大切に見てみろ・・・⁉あっ!」
というや否や、鬼は歯の容器を持って逃げ出したのです。
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「俺も幸せになりたいんじゃ!あばよ!!」と。
 その足の速いこと、速いこと!
 足疾鬼は、鬼の中でももっとも足の速い鬼だったのです。
「たったっ大変だ!誰か、何とかして鬼を捕まえてくれー!
 あの速い鬼を捕まえることが出来る者は⁉
そうだ、韋駄天(いだてん)だ!」 つづく
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(泉涌寺『舎利殿』内 韋駄天像)

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その1)

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 韋駄天(いだてん)は足の速い神様です。
 まるで、ロケットのようなスピードで走れたそうです。
 そして、仏様を守護する神様の一人でもありました。
 帝釈天や毘沙門天の仲間です。
 いわば、仏様のボディガードです。
 それでは、仏教を守護する神様『韋駄天』の活躍を紙芝居で見ていただきましょう。
 はじまり、はじまり~。
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 今から、およそ2500年ほど前、仏教を開かれた『お釈迦様』が涅槃(ねはん)に入られました。
 涅槃とは、お亡くなりになるということです。
 弟子たちは皆、悲しみました。
 そして、お釈迦様のお身体を焼いて骨にされました。
 さらに、その骨を細かくして、器に入れて、それぞれ皆に分けることにしました。
 皆、お釈迦様の形見が欲しかったのです。
 それを、一匹の鬼が見ておりました。
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(韋駄天図: 泉涌寺様より)
つづく
 

 

紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その7 最終回)

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「・・なんということだ。正義は勝つことが出来ないのか⁈」と、落ち込む阿修羅のもとに、[お釈迦様]が訪ねて来られました。(ようやく、真打登場!)
「阿修羅、もうこの辺で帝釈天と仲直りしたらどうじゃ。帝釈天も、娘も、そう願っておるぞ。」と云われるお釈迦様に、阿修羅は猛反発し、
「そっそれでは、正義は勝てないということですか⁈」と牙をむいて言いました。
 するとお釈迦様は「お前は正義、正義というが、その頑なな心が、お前自身も周りの者もすべてを苦しめておる。
 正義のためと、お前は味方がやられても、苦しんでも、『それはしかたがない!』と言って同情もせず、敵も許さず、争いを永遠にやめない。
 これから、そのような事を『修羅場(しゅらば)』と名付けよう。
・・まぁ、帝釈天の行いも褒められたものではないが・・、あやつは謝っておるし仲直りしたいとも願って居る。
 帝釈天がなぜ人気があるのか⁈お前は考えたことがあるか?
 あやつは、憐みの心があるのじゃ。その為、欠点は多いが周りの者が安心し、又共感するのじゃ。
 もう、許してやれ、阿修羅。
 今では娘も幸せに暮らしておるということではないか。娘に笑顔で会ってやれ。」と、云われました。
 それを聞いて阿修羅は泣きながら頷きました。
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 こうして、阿修羅神は帝釈天と仲直りしました。
 そして、今では共にお釈迦様の仏教を守護する神の一員として、働いているということです。

・・そして、このお話はインドから日本に伝わり、この阿修羅神の像を作るにあたって、阿修羅神が辿ってきた過程(人生・歴史)を彫刻しようと、
[怒り、悔やむ表情]と[悲しむ表情]、そして[お釈迦様に救われ仏に帰依した表情]の三つの顔が彫られました。
 そして、手のポーズも[武器を持つ手]、「太陽と月を持つ手=一説では、朝から晩まで戦うことを考えるという意味」と、「合掌」のポーズになりました。(今は残念ながら、武器や太陽と月が無くなってしまいましたが・・。)
 今、この阿修羅神の像は[奈良]の『興福寺』さま祀られています。
 ・・悲しみに耐え、何かを静かに訴えるような・・、そんな表情をして。
 この少年のような一途な表情は、観る我々の心を魅了してやみません。
おしまい

 

紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その6)

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退却する帝釈天軍の前に、アリの大群の行列が、道をふさいでいました。
 それを見て帝釈天は思いました。
「アリを踏むつぶして逃げるのは簡単なことだ・・。だが、アリも生き物だ。一匹一匹命がある。・・私は神だ。罪のないものを簡単に殺してはいけない!踏むつぶして逃げるぐらいなら、引っ返そう!・・その方が良い!」
 帝釈天には、こういう優しさもあったのです。
 そして、全軍に通達しました。
「皆のものっ!アリを踏みつぶしてはならん!我らは今一度、引っ返して阿修羅軍と戦うぞ!」と。
 こうして、帝釈天軍はUターンしたのでした。
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「どういうことじゃ⁉帝釈天が戻ってきた!」と、阿修羅連合軍は驚きました。
 そして、阿修羅に味方していた神々はこう思いました。
「なんとっ、帝釈天はアリの命を奪わぬ為に帰ってきた!・・あの神にはああいうところがある。欠点は多いが情には熱いのだ。・・帝釈天こそ、神の中の神様!我々の主神なのだ!」と、神々は阿修羅軍を裏切り、阿修羅に反撃し始めたのでした。
「うっうらぎり者め!悪いのは帝釈天なのだぞ!正義は私なのだぞ!」と、阿修羅は叫びました。
 しかし神々は、「お前は正義、正義と口を開けば云うが、こだわりすぎだ。・・もう、帝釈天と仲直りしてやれ!・・帝釈天には生き物を憐れむ心があるが、お前には無い!
 倒れた味方を踏みつけながら、前進しようとする。常に自分のことしか考えていない!
憐みのないお前より、帝釈天の方が良いわ!」と、阿修羅軍に対して反撃してきたのです。
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 こうして、阿修羅軍は又負けてしまい、海に追い落とされました。 つづく

紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その5)

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 一方、帝釈天と阿修羅の娘は、いつの間にか気持ちが通じ合い、子供も生まれました。
・・・やがて、その噂が阿修羅の耳に入りました。
「おのれー、帝釈天め。絶対に許さんぞ!大事な娘をわしから奪い、しかも子供まで産ませるとは!」
 軍勢の少ない阿修羅軍は、自分の悲しい思いを、須弥山の神々に手紙を書いて訴えました。
「是非、私の味方になって一緒に帝釈天を撃ってほしい!」と頼んだのです。
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 やがて、同情してくれる神々が、阿修羅軍に大勢ついてくれて、帝釈天のお城に猛攻撃を掛けたのでした。
 この突然起こった猛攻撃に動揺してか、帝釈天はぴっくりしてお城を逃げ出しました。
「皆のものー、ひとまず退却じゃー!」と、帝釈天は森の中に脱出したのでした。
 すると目の前に・・・。つづく


 

紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その4)

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が、帝釈天は『チカラの神』です。
 巨大な軍団を持っています。
 いくら正義を掲げる阿修羅軍が挑んでも、ビクともしませんでした。
 それでも、阿修羅は可愛い娘を取り返そうと、戦い続けました。
 何度も何度も・・、負けても負けても。
 追い払われても、追い払われても、彼は『怒り!』挑み続けたのです。
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 やがて阿修羅は、帝釈天の調略にはまり、須弥山の頂上から水深18万キロの海の底に追い落とされたのでした。
 これ以後、阿修羅の城は海の底になってしまいました。
つづく
 

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