記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

「パパっ、パパっ・・」

 毎月通う、[病院]でのはなし。
 その日も、満員の待合室で、僕は[診察]を座って待っていた。
 その時、どこかの(会ったこともない)おチビちゃん姉弟(推定二・三歳未満)が、僕の前にやって来て、僕のちょっと出たお腹を突然さすり、「パパっ、パパっ」と言い寄って来た。
 爺ちゃん婆ちゃんギャラリーは、一斉に僕の方を見た。・・視線を感じた。・・檀家さんも居た。
 その子らのパパと、僕が似ていたのかもしれん。
 僕は子供が嫌いでは無いが、おかしな噂が立ってはいけないので「おっちゃんはパパと違うでぇ。お腹は似てるかもしれんけど。早よ、ママのところへお帰り」と言えども、悪じゃり達は無視して、僕の膝に「パパっ」と言って乗って来る。右ひざに姉、左ひざに弟と・・。
 周りの視線が気になる僕はスマホを出して、ちょっと無視しながら、膝を伸ばして「滑り台ー。」と膝から追い払った。
 が、子供たちは調子に乗って、今度は待合室に置いてある人形のおもちゃを持って来て、僕のお腹で「ぼよーんぼよーん」と遊び始めた。
 さすがに、ママがやって来て「すみません」と言いながら、弟だけを退避させる。(姉の方がたいへんなんやで!)
 そして、周りに聞こえるような小さいような声で「パパは家でお昼寝中やねー。」と言った。(自分を守ってどうすんねん。)
 その内、姉はイスを僕の前にズズーと持って来て「はい、お腹をだしてくださいね」と、診察ごっこが始まろうとしたその時、「宮本さん、早く血圧を測ってくださいねー」と看護師さんが助け舟にならんような業務用トークをしてきた。(それより、子供にかまったれやぁ![笑])
 が、「はーい」と血圧計の所に僕は避難するが、血圧はいつもより高くなってしまった。
 そして、診察の先生が『宮本さん、いつもより血圧高いですねー、どうされましたか?』と一言。
 僕は笑うしか、答えられなかった。
『パパっ、お疲れでしょうけど、昼寝せんと、子供にかまって遊んであげまちょうね!』
 
 

お盆が終わりました・・

 おそらく一年で一番忙しい期間、お盆ウィークが終わりました。
 早朝のお墓参りから始まって、全檀家さん宅参りに終わる恒例の行事、お盆参り。
 今年も暑かった。・・年々、体力の低下が身に沁みます。
 が、今年は、娘夫婦が手伝ってくれたので、すんごく助かりました。
 よっしゃあ、これで今年も、無事に乗り切ったぞ!
 紙芝居描こ。

真夏のクリスマスベル

ファイル 1728-1.jpg
 本日、観念寺にて、仏婦会主催の『編み物教室』を開いた。
 今回は、御門徒先生のご指導による、可愛い『クリスマスベル(写真)』の編み物制作であった。
 ・・なぜ、この暑い時期にクリスマス・ベル制作かというと、ただ、冬季の皆さんの日程が取れなかったから・・それだけの理由だ。
ファイル 1728-2.jpg
 それでも皆さん、汗をかきながら、季節はずれの編み物を一生懸命に作っておられました。
 この編み物クリスマスベルは、食器洗いのエコたわしに、なるそうです。
 ご苦労様です。
 今年は早めに、ツクリスマス・・た。

富田林:教蓮寺さまの[盂蘭盆法要]

 おととい、富田林:教蓮寺さまの[盂蘭盆法要]にお招き頂き、『紙芝居法話』をさせて頂いた。
ファイル 1727-1.jpg
 こちらの境内には、由緒ある『お地蔵様』があり(写真)、お地蔵様にちなんだ紙芝居の作品を演じた。
 又、『お盆の由来』の話も、御住職様がご希望されたので、それも混ぜ込みお話した。
 で、阿弥陀仏信仰色の少ない、紙芝居法話になってしまったのではと、少々反省している。
 が、超暑い中、皆さん熱心に、最後まで聴聞して下さり、僕自身も『頑張らねば!』と熱が入った。
ファイル 1727-2.jpg
 又、弦楽四重奏のミニコンサートも行われたのだが、これも暑さを忘れる、素晴らしいものであった。合掌

大石順教尼を追う

ファイル 1726-1.jpg
(京都・山科[勧修寺])
 先週、現在制作中の[大石順教尼]の紙芝居取材の為、京都山科[勧修寺]内の『可笑庵』と、順教尼の墓のある高野山に行って来た。
ファイル 1726-2.jpg
(勧修寺内/可笑庵)
 こちらは、順教尼さんが晩年を過ごされた庵で、順教尼さんのお孫さん『大石晶教』様にお会いし、取材をさせて頂いた。
貴重なお話を、たくさん有難うございました。・・紙芝居の中で生かさせて頂きます。
ファイル 1726-3.jpg
(高野山)
 次の日に、順教尼の墓のある和歌山県[高野山]に行き、お墓参りをさせて頂いた。
 結構、ややこしい場所にあったような・・。
 でも、きっちりお参りさせて頂き、順教尼さんの御心とお話させて頂きました。
ファイル 1726-4.jpg
(奥の院参道)
 これで、生の大石順教尼さんの息吹きを確かに感じたぞ。
 これで、紙芝居は近々完成する!・・予定⁉
ファイル 1726-5.jpg
(大石順教尼の墓)
 

日野原重明さんを偲ぶ・・

 聖路加病院名誉医院長『日野原重明』さまが、行年105歳で亡くなられた。
 以前、個人的にお会いしご無理をお頼みしたこともあり、ショックだった。

 それは今から15年ほど前、僕が(今は辞めたが)『日本ホスピス在宅ケア学会』の会員だったころ、大阪でその大会があり、仏教紙芝居を発表させて頂いた時、日野原さんがわざわざ見に来てくださったのである。
 その時はすごく御元気で、発表が終わったら、僕の所まで、わざわざ感想を述べに来て下さり、その後、裏階段からバットマンのように去って行かれた。
 その後、お付き合いは続き、のち出版した『平成版・看病用心鈔』の推薦文まで書いてくださった。
 ・・有り難いことだった。
 日野原先生は、僕に「これからは、私は子供たちに命の話をせねばならないと思ってます。・・紙芝居を使っての法話、頑張ってくださいね。」とお電話でおっしゃられた。その時の感激を思い出す。
 日野原先生、本当に有難うございました。合掌

・・しょんぽりしていたら、突然の電話⁉
 「あの、出前お願いします!餃子と・・」と女性の声。
 「あの、うちは『お寺の出前』です。」
 「すみませんっ、間違えました!」ガチャ。
 もの凄い、間違えやわ⁉ (苦笑)

 

見方を変えれば‥

 「・・住職さん、最近、一人で[寺カフェ]に来られている、あのご年配の男の方はどこの方ですか?」と、今日、あるご門徒の奥さんに聞かれた。
 「あの方は、新興住宅地に引っ越して来られた方です。・・奥さんを亡くされて四年。・・毎月お参りの時に、仏壇の前で泣いておられるので、『コーヒーでも飲みに来て下さい』とお誘いしたら、お孫さんに車で送ってもらい来られるようになったのです。」と、僕は答えた。
 「あぁっ、そうなんですか⁉・・・でも、幸せな方ですね。」と、そのご門徒さんの奥さんがおっしゃられた。 
 僕は『えぇ⁉』と、いう顔をすると、それを見て、
 「ああっ・・はい、亡くなった奥さんが。そんなに泣いてまで、いつまでも想われて、お幸せやなぁと・・。」と付け加えられた。
 
 生きている夫から考えると、(一人ぼっちになって)不幸なことかもしれないが、
見方を変えて・・、仏様となられた奥様から考えると、いつまでも泣いてくれる夫で居てくれて、有難く幸せなことなのかもしれない。
 見方を変えて考えることは、案外、生きている人間にとって、大事なことなのかもしれないなぁ・・。
 今度、このご主人にお伝えしてみよ。

今月の『寺カフェ』

ファイル 1723-1.jpg
 今月の寺カフェは、「夏の避暑地のお寺」という感じであった。
 皆、アイスコーヒーを片手に、世間話に華を咲かせていた。
ファイル 1723-2.jpg
 中には、遠方から、お孫さんの車で送ってもらって、やって来られた方もあり、「暑い中でも、人はお話がしたいんやなぁ」と、つくづく思ったのであった。
 

時には、道宗のように・・

ファイル 1722-1.jpg
 妙好人・赤尾の道宗は、(阿弥陀仏の48願と掛けて、)48本の割り木の上で眠り、少しでも阿弥陀さまのお救いに、感謝しようと実践された・・らしい。
ファイル 1722-2.jpg
 この場面の[紙芝居]の絵を描いていて、どうしても実践してみたくなった。
 そこで『道の駅』に行って、[割り木]を買って来て、寝てみた。
ファイル 1722-3.jpg
最初は、「余裕やん・・」という気持であったが、
ファイル 1722-4.jpg
 その内、肌に木がくい込んできて、非常に痛くなった。(当たり前か⁉)
 これをやってみて、道宗さんも、毎日はやらんかったんとちゃうか?と思ったのであった。臥薪嘗胆・・や。
 うちの嫁がこれを見て「何考えてんの・・!」と吐き捨てるように言って去って行った。
『悔しいですっ!』

大阪市:勝光寺様の『定例法座』

 今年も、大阪市内の『勝光寺』様の[定例法座]にお招き頂いた。
 坊守さんから、「もう15年以上の「定例法座」とのおつきあいですねぇ。・・毎年、新しい[紙芝居]を披露して頂いて有難うございます。ご門徒さんも楽しみにしてはります。」と、言っていただいた。
 僕は「・・拙い紙芝居ですが、今年も新しい作品を作って来ました。ひとつは、こちらの御住職の大好きな『赤尾の道宗』の紙芝居です。」と答えた。
 その作品を観て頂いて、御住職はずっと上機嫌だった。
 それで、話が弾み過ぎて、自坊への帰りが、又もや遅くなってしまったのであった。

ページ移動