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紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その5)

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「死体は無いかーい、チリンチリン。
 死体は無いかーい、チリンチリン。」
と、真夜中になると連日、死体運搬人が鐘を鳴らして、リヤカーで街を回る。
「おーい、止まってくれー。
 この家の住民も今日、みんな亡くなったんだ。遺体を窓から下ろすので手伝ってくれ!」と、一人の監視人が叫んだ。
 そして、二階から毛布に包まれた遺体が何人も下ろされてきた。
 このような光景は日常茶飯事であったんだ。 
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 そして、リアカーは遺体を乗せて、街外れの墓場近くの大穴の場所まで来た。
 この穴に遺体を(葬式もせずに)埋葬するのだ。つづく

紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その4)

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 一般市民は、貴族のように街を脱出できなかった。
 そんなゆとりはなく、家族の為にペスト感染の恐怖と戦いなから、働かなければならなかったからだ。
 それで、益々人から人への感染が広がり、多くの人が亡くなった。
 仕方がなかったのだ。
 それを見た行政は緊急会議を開き、新たな感染防止の為の法令を発令した。
 それは
「ペストに感染した者、並びのその家族、女中は、家からの外出を一切禁止する!」というものであった。
 又、その為に、行政は監視人も24時間付けて、その家を見張りつづけるという念入りの入れようであった。
 残酷な方法だが、市民を守る為には、これは仕方のない事だったのだ。(自宅封鎖やねぇ。ロックダウンやなぁ)
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 ペスト感染者とその家族の、強制自宅隔離が始まった。
「誰かーっ、助けてー!ここから出してー」と、窓から感染者家族の声が聞こえる。
 しかし誰もどうしようもできなかった。
 感染者家族の食事は、監視人が用意してはこんでくれる。
 が、この外出禁止令は、家族にとって絶望でしかなく、自殺するものも多く出た。
 そして、この監視人であるが、辛い仕事なので希望者が少ないと思いきや、ペストのせいで不景気となり失業者が多くでて、監視人希望者にはそう困らなかったそうである。つづく