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紙芝居:『南河内が生んだ大女優 ナニワの浪花千栄子女史』(その2)

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 浪花千栄子さんは、貧しい養鶏場に生まれました。
 彼女が五つの時、母が病で亡くなります。
 それで、幼い弟の面倒や家事をする為、小学校にもわずかな期間しか行けず、文字の読み書きが出来ないまま育ちます。
 そして、九歳の時、家の複雑な事情によって、大阪の道頓堀の仕出し屋弁当のお店に、女中奉公に出されたのでした。
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(南河内の風景・金剛山と葛城山)
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(板茂(いたもち)神社・千栄子が通った小学校が昔あった所)
つづく

紙芝居:『南河内が生んだ大女優 ナニワの浪花千栄子(なにわちえこ)女史』(その1)

(はじめに)
 何年も前に、「うちのお寺の近くに、昔、大女優というか⁈怪女優が生まれ育った所があるんやで⁉」と、一人の檀家さんから聞いた。
 ホントかな?と半信半疑ながら、時間を見つけて調べていくうちにそれが事実だと判明して、ご先祖のお墓などお参りさせて頂いた。
 そして、長い時間を掛けて調べていくうちに、段々興味を持ち始め、ついに『紙芝居化』してしまった。
 自伝も探して読み、そして所縁の地の取材もした。
 そう、僕はこの女優さんはテレビドラマ『細うで繁盛記』に出演しておられる時から好きでした。又尚かつ、映画『夫婦善哉』や『蜘蛛巣城』に出ておられる時からファンだったのです。
 それでは、その彼女の波乱の生涯を紙芝居で見て頂きましょう。
 始まり、はじまりー。
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『ナニワチエコでございます。家族みんなで・・○○軟膏。』というテレビCМで一世風靡した大女優、浪花千栄子さん。
 彼女は南河内郡東板持町(現在は富田林市)の生まれで、本名は『南口(なんこう)キクノ』といいます。
 この名前、『虫刺され・やけどに、この軟膏(なんこう)効(き)くの』というダジャレから、このコマーシャル起用になったとか⁈・・・知らんけど(笑)、・・いや、これウソのようなホンマの話なのです。
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(現在の富田林市板持町) 
つづく