さて、清九郎の一人娘の名は、『こまん』と言いました。
その『こまん』が年頃になった時です。
清九郎が、養子の縁談話を持ち帰って来ました。
その相手が、なんと『まむしの久六』というヤクザ者でした。
清九郎は、嫌がる娘を懸命に説得しました。
「こまんや、あいつは、わしの若い頃に似ておる。阿弥陀様を知らんから、グレとるだけじゃ」と。
娘こまんは、清九郎をたいへん尊敬しておりました。
ですから、泣く泣くその縁談話を承知したのでした。
娘婿・久六は、若い頃の清九郎そっくりでした。
博打好きで、気が荒く、よくケンカをして帰って来ました。
しかし、清九郎は小言一つ言いません。
口にお念仏を称えて、久六に阿弥陀様の話をしました。
そんな久六は、清九郎の[念仏態度]に嫌気が差し、清九郎が大切にしていた『ご文章(=経本)』を囲炉裏に投げ入れてしまいました。
びっくりした清九郎でしたが、すぐさまそれを拾い上げ、
「これは、阿弥陀様が、私たちの燃え上がる欲の世界に、自ら飛び込んで救い取って下さるお姿。・・有り難い、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」と、久六に御礼を言いました。
久六はただただ、唖然としておりました。
そんな清九郎の姿を見て、久六の心はいつのまにか、変わっていきました。
博打をぷっつり止めて、喧嘩もしなくなりました。
又、熱心に仏法を聴聞するようになったのです。
・・やがて、親子三人がそろって勤行する姿に、村人たちはたいへん驚きました。
それから、しばらくして、清九郎は若い夫婦に家を譲り、峠の上に粗末な小屋を建てて、隠居しました。
そんなある日・・、 つづく
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