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三谷版:チェーホフの「桜の園」を見て来ました

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 昨日、森之宮ピロティホールで「三谷版 桜の園」(出演:浅丘ルリ子、他)の演劇を見て来た。
 なぜ、喜劇作家:三谷幸喜が「チェーホフ」の作品を演出したのか・・。
 僕は知らなかった・・・、この物語は喜劇やったんや。
 僕はずっと「桜の園」は悲劇の戯曲だと思っていた。(以前、テレビの劇場中継で見たのだ・・、しかし暗く悲しい話であったような記憶があって・・)
 しかし、改めて文庫本から読んでみると、ちゃんとチェーホフは「『桜の園』は喜劇(コメデイ)の戯曲である。」と書いているのだ。
 もっと調べてみると、さらにチェーホフの人生は風変わりであった。
 医学大学を出ながら、演劇作家になり、短編喜劇などを多数書きながら、やがて本格的な文学作品も描き、44才の若さで病で亡くなっている。人生そのものが滑稽やん。
 ・・そうか、だから、三谷幸喜はチェーホフに目をつけたのか。

 こんな、あらすじだ・・。
 20世紀初頭の南ロシアの5月。
 美しく咲いた『桜の園』のある豪邸に、(5年ぶりに)主人公の女当主〔ラネーフスカヤ〕夫人が、フランスから帰って来る。
 思い出に浸る彼女を喜び迎える(一癖ある)屋敷の人々。
 しかし、広大な領地はすでに抵当に入り、まもなく競売に掛けられようとしていた。
 が、財産が底をついているのに、尚浪費を止めることができない女主人。そして彼女を取り巻く滑稽な人々たち。
 落ちぶれてゆく人の悲劇を描きながらも、見ようによったら、それは(愛すべき人間)喜劇。
 「悲劇というものは、(第三者の目線から見れば)それはひょっとすると喜劇なのかもしれない。・・そんなことを(改めて)チェーホフは言いたかったのか?、いや三谷幸喜は言いたかったのか?」と、考えさせられてしまった。 
 そんな作品であった。
 悲劇を大笑いして見ている観客を、(笑えない)僕は冷たい目で眺めていたのだが、その方がよっぽど悲劇かもしれん・・と思った。いや、それは喜劇か?