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紙芝居:「法然上人物語・念仏への道」 その6

 月日は流れ、法然さまの教えは、世に広く伝わっていきました。
 こうなると面白くないのが、比叡山や奈良の大寺院の僧たちでした。
 彼等は『念仏停止』の願いを、〔天皇〕に訴えたのでした。
 ちょうどそのような時期、もう一つ大きな事件が起こってしまいました。
 それは、法然さまのお弟子の草庵に、御所に仕える二人の女性が、天皇に無断で『出家』してしまったのです。
 天皇は、そのお弟子達がそそのかしたとお怒りになり、遂に『念仏停止』の命令を出されました。
 そして、二人のお弟子は斬首され、師の法然上人は、遠くの国(四国の土佐?或は讃岐か?)へ流される刑を受けられました。
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 この時、法然上人は75才。お弟子達は皆、そのお身体を心配されましたが、当の上人は、
「いや、遠い国の人々はまだ念仏の有難さを知らない者も多かろう・・。私はその人々に、念仏の教えを伝えるつもりだよ。」と言われ、元気に旅立ってゆかれました。
 
 その舟による護送の途中のことです。
 舟は京を離れ、いくつかの島を経て、『室の泊(むろのとまり)』という所に近づいた時、一艘の舟が近づいて来ました。
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 「もし、そちら御舟に〔法然上人〕様はお乗りでしょうか?」と、声を掛けて来たのは〔遊女〕たちでした。
 こちらの船頭は、「さよう、この舟に法然房は乗っているが、お前達、何用じゃ?」と答えると、
 「はい、私達は一目高名な〔法然〕さまにお会いしとうて、やって参りました。・・一つ、お聞きしたき事があるのでございます。」
 それを聞かれ、
「・・ほお、私が法然ですが、いったい何を聞かれたいのかな?」とお答えになると、遊女たちは、
「はい、私達はこの通り、はしたなき業で生活している者達でございます。・・こんな私たちでも、『後生の助かる道』はあるのでございましょうか?」と問いました。するとお上人は、
「あります。あなた達のような女人の為に、御仏は『本願』を立てられたのですよ。・・自分を卑下せず、ただ南無阿弥陀仏と称えなさい。 阿弥陀仏は、必ずあなた方を救って下さいますよ」と、言われました。
 「はい、ありがとうございます。お上人さま!」と遊女たちが答えると、
「私への感謝ではありません。南無阿弥陀仏ですよ。」と、法然さまは再度おっしゃられたそうです。
 「はい、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・。」
「そう、それで良い。もう安心じゃ。」
 遊女達は、合掌しながら念仏を称え、いつまでも法然さまの舟を見送ったという事です。 つづく(次回、最終回)