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紙芝居:「善導大師(ぜんどうだいし)物語」(前編)

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 善導(ぜんどう)大師は、今から1400年ほど?前、中国の〔山東省〕という所でお生まれになりました。
 それはちょうど日本でいうと、聖徳太子の頃の時代です。
 少年時代の善導様には、次のようなエピソードがあります。
 或る日、善導様は母に連れられ、近くのお寺にお参りされました。
 そのお寺の壁には、美しい大きな極楽浄土の絵が飾られていました。
 善導様は「お母様、私はあのような美しい国に行ってみとうございます!」と思わず叫びました。
 すると母親は「はい、お坊様になって一生懸命に修行すれば、行けるかもしれませんね。」と答えられたそうです。
 それからと云うもの、善導さまは、あの極楽の絵が頭から離れませんでした。
 そしてついに・・、 
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 「やはり、私はお坊さんになろう!」と決心され、本当に頭を剃って出家されたのでした。
 それから善導様は、夜も休まずたくさんのお経を読み、ひたすら修行をされました。
 しかしいくら励んでも、どうしても心の安らぎは得られません。
 「やはり、煩悩多き私のような者では、極楽の国には往けない。・・いや、私のような者でも、清まり、極楽に近づけ、そして救われる教え(方法)というものが、いったい有るのだろうか?」と深く悩まれました。
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 そしてついに、その悩みを解決する時がきました。
 それは『観無量寿経』というお経との出会いで見つかったのです。
 「これだ、これだ!〔お念仏〕を称えるだけで、お助けが頂け、極楽浄土に往けると書いてある!」と善導様は、小躍りをして喜びました。
 そしてかねてより、念仏の教えを説いておられるという〔道綽(どうしゃく)禅師〕様のお寺を尋ねられ、直ちに入門しお弟子にしてもらいました。(道綽さまのお話はこちら、http://o-demae.net/blog/archives/888.html
 この時、道綽禅師80才、善導様30才の頃の出会いでした。
 善導様はこののち、道綽さまが亡くなられるまで、数年間こちらで学ばれました。
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 道綽さまが亡くなられたのち、善導様は再び旅に出られます。
 目的地は〔長安〕という都でした。
 そして善導様は、長安の〔悟真寺(ごしんじ)〕というお寺に入られ、再び厳しい修行を開始されました。(厳しい~修行の好きなお方やったんやねぇ!・・よっ、根っからの求道者!!)
 それは本来、情熱家のお方でしたので、「念仏の教えを究めたい!」と思われたのかもしれません。 つづく