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紙芝居:「念仏もうせ物語~道綽(どうしゃく)禅師のはなし」(前編)

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 『七高僧』のお一人、「道綽(どうしゃく)禅師」は、今から一千四百年程前に、中国でお生まれになりました。
 道綽さまの生まれた頃の〔中国〕は、三つの国に分かれており、お互いが対立しておりました。
 道綽さまの国〔北斉(ほくさい)〕では、そのころ、イナゴの大群による被害や、旱魃・水害が起こり、食べ物を巡る醜い争いが、何度も起こっていました。
 庶民であった「道綽」さまは、その醜い争いを見て、深く思う所があり、僧侶になる決心をされたのでした。
 時に道綽さま、14才でした。
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 しかし、道綽さまが出家されてから二年目に、〔北斉〕で大きな戦争が起こりました。
 そして、かねてより中国統一の野望を抱いていた、〔北周〕の「武帝」という王が、〔北斉〕に攻め入り、北斉国を滅ぼしてしまいました。
 その「武帝」は、元から仏教が大嫌いでした。
 それで、仏像を壊し経典を焼き、すべての僧侶は、元の庶民に還俗させられました。
 僧になってまだ二年の「道綽」さまも、元の庶民に戻り、この仕打ちをじっと我慢しておりました。
 それから一年後、武帝は亡くなり、新しい国〔隋〕が生まれました。
 この〔隋〕の王は、武帝と違って、仏教にたいへん好意的でした。
 それで又、やがて仏教は認められる事になり、「道綽」さまも再出家される事になったのです。
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 再び出家された時、道綽さまは20才になっていました。
 本来まじめな「道綽」さまでしたので、又また、寝る間も惜しんで難しいお経を勉強され始めました。
 そして、やがて多くの人々からたいへん尊敬されるような偉い僧侶になりました。
 しかし、本人の道綽さまの心は、一向に安らいではおりませんでした。 つづく