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紙芝居:「弘法大師 空海さま」 (前編)

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 『おだいしさま』と親しまれる〔弘法大師 空海〕様。
 この〔弘法大師〕というのは、醍醐天皇から贈られた〔おくり名〕です。
 お坊さまとしての名は〔空海(くうかい)〕とおっしゃいます。
 それでは、この〔空海〕様とは一体どのような御方だったのでしょうか?この紙芝居を通して、(前半生を中心に)見て頂きましょう。
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 空海さまは、今からおよそ1000年以上も前、四国は讃岐の国(今のうどん県、いや香川県)の『佐伯(さえき)氏』という豪族の御子として生れました。
 幼名は『真魚(まお)』といい、小さい頃から大変利発な少年だったそうです。
 真魚少年は、一族の大きな期待を背負って、11歳の時、京の都に出ます。
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 都で真魚少年は、おじさんから勉強を教わりました。
 そして猛勉強の末、18歳で当時の日本でたった一つの大学に入学しました。
 真魚少年は、地方豪族の子としては、まずは無難なエリートコースに乗ったのです。
 しかし授業に飽き足らず、大学を抜け出して、いろいろな所に勉強に行き出しました。(今と一緒なんやなぁ・・。)
 その内、だんだんと仏教に興味を持つようになりました。
 又、自然の中にこそ、学ぶべきものがあると思い、あちこちの山の中を散策して周りました。
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 真魚青年が、大学に行かなくなったので、おじさんは怒りました。
 しかし真魚青年は、『大学の学問がいったい何の役にたつのか・・?』と毎日、悩んでいたのです。
 そしてついに大学を辞め、真魚青年は一修行者となって、故郷の四国に帰り、山の中で厳しい修行を始めたのでした。
『悟り』を求めるために・・。
 ところで、真魚青年が『空海』と名を変えたのは、この四国での修行時代であったと伝わっています。 つづく