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紙芝居:「カルピスを発明した僧侶 ~三島海雲伝~」 (その5:最終回)

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  昭和三十七年。
 〔海雲〕は全財産を投じて、『三島海雲記念財団』を設立します。
 この時、海雲は「私が今日あるのは、先輩、友人、さらに国民大衆の方々のカルピスに対する惜しみないご声援によるところのものです。 
 従って私の得た財産は、ひとり三島海雲のものではありません。
 あげて、社会にお返しすべきものです。
 その方法として、財団を設立することにしました。
 この財団で、良識ある分野で研究する人達に助成し、その結果、人類福祉に寄与したいのです。」と、述べました。
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 三島海雲は、昭和四十九年、九十六歳で往生を遂げます。
 その晩年まで、健康食品や健康法の研究に余念のなかった海雲ですが、その一方、「私は私欲を忘れ、公益の為に、広野に撒かれた〔一粒の麦〕になりたい。」と言い続けました。
 
 現在、海雲の生誕地である大阪:箕面の〔教学寺〕の境内には、〔海雲〕翁の偉業を示す石碑が、粛々と建っています。 おしまい
ファイル 814-3.jpg(特別付録:石碑オブジェ)

コメント一覧

愛子 2011年12月08日(木)23時46分 編集・削除

私が生まれたときはまだご生存されていたのですね。

しかし、どれだけ社会貢献しても
宣伝だとか言われるものですね。

自分の心を信じて動くのみ・・・
ってことでしょうか。

カルピス、長い間飲んでいませんが、
ホットカルピスを飲んでみたくなりました。

カンネン亭 2011年12月09日(金)11時56分 編集・削除

愛子さん

今も昔も、善いことをしても、世間すべてが誉めてくれる事はないのですよね・・。
 ちなみに裏話で、カルピス(株)が一時、財政面でピンチになった時、海雲さんがある所へお金を借りに行ったそうです。
 相手は、詳しい内情も聞かずに、ポンッとお金を貸してくれたそうで、海雲さんは『なぜにそんな気軽に貸してくれるのか?』と聞かれると、相手はこう言ったそうです。
 「私は関東大震災の時、あなたからカルピスを一杯頂いたものの一人です。 あの時のカルピスの味は、終生忘れることができません。正に生き返った気がしました。
 私はカルピスの為なら、なんでもさせていただきます。」と。
 情けは人のためならず。
 」