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紙芝居:「カルピスを発明した僧侶 ~三島海雲伝~」 (その3)

 やがて、日露戦争は終わりましたが、その後、中国で〔辛亥革命〕が起こり、日本人排斥運動が強くなり、命の危険を感じた海雲は無一文で日本に帰り着きます。
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 すべてを無くし、気が抜けたようになった海雲でしたが、
・・やがて心機一転、「あのモンゴルで飲んだ健康飲料を、日本でも作ることができないだろうか」と考え、一人自分のお寺(教学寺)の本堂地下に籠り、研究を開始したのでした。
 この時に作った試作の飲み物は、お寺の檀家さんに飲んでもらい、その感想を聞いて回ったという逸話が残っています。(えっらい、檀家さんに迷惑掛けたんとちゃうか?)
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 何度か失敗した海雲でしたが、大正八年、ついに『乳酸菌飲料カルピス』は完成します。
 その商品名の由来は、
「カル」は、カルシウムから取り、
「ピス」は、サルピスマンダという最高の美味という意味の仏教用語『醍醐』から付けました。
 さらに発売日を七月七日の〔七夕の日〕にして、包装紙を七夕の天の川の星を連想さすように、水玉模様にしました。
 そして海雲の後輩の言葉にヒントを得て、『初恋は甘くて酸っぱいもの・・。そんな清純な味、カルピス!』と宣伝文句を決め、売り出しました。
 そしてカルピスは大ヒット商品になり、製造会社・工場を首都:東京にし、大々的に売り出すことになったのでした。
 しかしその東京で、海雲は大きな天災に巻き込まれる事になるのです。 つづく  
ファイル 810-3.jpg(現在の教学寺〔この地下でフフフッ〕)