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「〔紙芝居〕カルピスを発明した僧侶」、製作中

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 一昔前は『甘くてすっぱい初恋の味、カルピス』。
 そして現在は『身体にピース、カルピス』・・に、宣伝文句は変わりましたが、この『カルピス』ってお坊さんが発明した飲み物って知ってましたか?
 そのお坊さんの名は『三島海雲(みしま かいうん)』翁と言い、大阪は箕面市の浄土真宗のお寺(『教学寺』)に生れました。
 彼の人生は波乱の連続で、〔お坊さん〕の資格は取ったもののお寺を継がず、学校の〔教師〕になり、さらに機会を得て、中国に渡り〔商人〕になりました。
 時は、日露戦争に入ったばかりで、彼は商売の為、モンゴルへ軍馬の調達に出ます。
 その長旅の疲れで、旅の途中、倒れてしまった時、モンゴル人から〔『ジョウヒ』という名の発酵乳酸飲料〕を飲ませてもらい元気を回復します。
 『これは、凄い飲み物だ!』と感動した三島海雲は、日本に帰り、お寺の本堂地下で製品研究を重ね、ついに『カルピス』を完成させるのです。
 カルピスの『カル』は「カルシュウム」の『カル』。
 カルピスの『ピス』は、仏教語『醍醐(だいご)=最高の味の意味する「サルピスマンダ」』から「ピス」を取り、名づけられました。
 そして『カルピス』は大ヒット。・・東京進出を図りますが、その時『関東大震災』が首都を襲います。
 その時、三島海雲がとった行動が、工場のすべてのカルピスに氷を入れて飲めるようにして、無料で被災者に配ることでした。
 それによって彼の会社は、すっからかんになりますが、今度は助けてもらった市民が、彼をそしてカルピスを支え、今日の発展へと向かわせます。
 最後まで『仏教の奉仕精神』を失わなかった『三島海雲』の生涯を今、紙芝居にして作っています。
 あまりにスケールが大きい為に、現地取材(中国・モンゴル)に行けず、今、資料だけをたよりに絵を描いています。 
 ありがたいことに、現『教学寺』の住職は、僕の友人である為、『海雲』翁のいろんな裏話を聞かせてもらいながら、書き進めています。
 今年中には完成予定の紙芝居『カルピスを作った僧侶~三島海雲』。・・今、必死に(時間を見つけ)製作中です。お楽しみに
 

コメント一覧

とまとん 2011年10月24日(月)22時49分 編集・削除

これから冷蔵庫にはいつもカルピスを入れておきたくなりました!秋冬コレクションはホットでいきます!
紙芝居!めちゃめちゃ楽しみにしています!

lako 2011年10月25日(火)08時57分 編集・削除

へぇぇぇぇ。そうなんですか!
有名企業の創業物語ってドラマですなぁ。

友達の家に遊びに行くと、そこのお母さん(薬剤師)が手作りのカルピスを作ってだしてくれました。
家でこういうのが作れるんやーって感心したものでした。

カンネン亭 2011年10月25日(火)12時04分 編集・削除

とまとんさん

僕は小さい頃から、うすめ、うすめのカルピスが好きでした。
 あんまり、濃いカルピスは口の中でネバネバっとして、好きじゃなかったです。
 
今回、この紙芝居を作るに当たって、カルピスを何杯も飲みながら作っています。
 たまには、ウエルチにするか・・。

カンネン亭 2011年10月25日(火)12時14分 編集・削除

らこはん

 三島海雲翁は、けっして完璧な人ではありません。
 紙芝居には、書けない事もしてはります。
 大きなことも、小さなことも・・。
 たとえば、ちっちゃい事は、どうやら虐められっ子やったみたいで、カンニングの手伝いなどさせられてたようです。
 又、父親ともうまくいかなかったようで、ええかげんな気持ちで読経している父に対して、腹いせでご本尊の阿弥陀仏さんをなんと・・・、これ以上はやめときましょう。
 母親もお寺で食べていけなかったみたいで、近くでお風呂屋さんの経営もしていたようです。そのお蔭で、海雲は学校に行けました。

 何がいいたいかと云うと、『完璧な人間などいない』という事で海雲もそのひとりでした。
 でも、歴史に名を残しました。それはなぜか?・・彼の志にその秘密があったのではないかと思うのです。
 そんな事を調べながら紙芝居を作っているから、とても楽しいです。