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紙芝居:「法然上人物語・念仏への道」 その4

 一冊の「小説」が或るとする。
 たとえば、この「小説」を20代に読んだ時と、40代に読んだ時では、当然受け取る〔感想・感動〕は違ったものとなってくるだろう・・。
 おそらく法然上人も、同じ「お経」を何度も(歳月を経て)読む中で、(その人生経験の熟された中から)違った〔感想〕を持たれたに違いない。
 それが、『念仏の救い』という教えの再発見になったのではなかろうか?
 ・・これが43歳、法然上人の新たな衝撃となり、上人の人生の大きな転機となった。
 この『念仏・再発見』ののち、突如、法然上人は、比叡の御山を降り、京の町中で万民に向けての『念仏道場』を開かれ、念仏の教えを広めてゆかれるのである。・・・では、続きをどうぞ。
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法然上人が、『特別な修行などはいらない!念仏の教え一つで、自分も救われ、万民も救われる!』と、悟られたその頃・・。
 世の中は、〔源氏〕と〔平家〕が激しい戦さを繰り返し、日本国中が戦乱の地となっておりました。
 その様子を見られていた〔法然〕様は、「今こそ、皆に《念仏の教え》を伝えるべき時だ!」と、住み慣れた御山を降り、京の〔東山:吉水(よしみず)〕という地に住居を移され、そこで『念仏道場』を開かれました。
 そこには、毎日のようにたくさんの人々が集い、〔法然〕様の教えを聴きに集まってくるのでした。
 武士・商人・農民・貴族・・、男女の区別なくいろんなジャンルの人々が集まり、上人のお話をじっと聞かれるのです。
 それはその当時、とても新鮮で魅力的な内容のお話だったのでしょう。
 いつしかお弟子も増え、その中には、のち『浄土真宗』の開祖となる、若き〔親鸞〕さまのお顔もありました。
 ・・やがて、戦は『平家』の滅亡で終わり、世は、新しい時代を迎えようとしておりました。 つづく