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紙芝居:「心やさしき聖者 念仏聖(ひじり)空也上人」 (後編)

 エピソードで綴るこの〔空也上人〕の紙芝居も、いよいよ今回で終りです。
・・最後にもう一つ、空也さまの(ちょっと艶っぽい??)不思議なお話を。
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 空也さまが、托鉢に回っておられた時、『神泉苑(しんせんえん)』という所の前に、一人の病み衰えた《老婆》が座って居るのを見つけられました。
 そこで空也さまは、その日から、朝・夕に、この老婆を見舞われ、《精》の付く食べ物や薬などを与えて、病を回復させました。
 元気になったこの《老婆》は、ある日、空也さまにもう一つ、恥ずかしそうに願い事をしたのでした。
 「お上人さま、私の最後のお願いでございます。・・どうか、この醜き年寄りの私ではありますが、・・その~、私を一人の女として愛して下さいませんか?抱いてくださいませ~。」と頼んだのでした。
 少し驚いた空也さまでしたが、しばらく考えた末、
「わかりました。あなたの最後の願い、私が叶えましょう。・・さぁ、近くのラブ・ホテルへ参りましょう」と、言ったかどうかは知りませんが、空也さまが老女の手を取ろうとしたその時、
 この老女は『パッ』と、飛び上がったかと思うと、空高く舞い上がり、一匹の《狐》の姿に変わりました。
 そして狐は、「実は、我はこの『神泉苑』に棲む老狐なのじゃ。もう何百年も棲んでおるが、そなたのような慈悲深い〔上人〕には初めて出合った!上人、そなたこそ真の《上人》じゃ!」と言って、消えてしまいました。
 このお話は、空也さまの(熟女好き、いや)《情》の篤さを物語る挿話の一つであります。
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 慈悲深き、真の聖者《空也上人》は、七十歳の時、京都は『西光寺(現・六波羅蜜寺)』で亡くなられます。
 そんな《空也さま》のファンの一人で、熱心な念仏信者であった〔慶滋保胤(よししげのやすたね)〕という方は、空也上人こそ、極楽浄土からこの世に来られた《阿弥陀仏》の使者だと考えられ、上人の『伝記』を書かれました。
 そこには、「空也上人は、この世での御教えの〔縁〕が尽きた時、極楽へと帰ってゆかれた。・・上人が京都に来られる以前は、《お念仏》を称える者はまれであった。・・が、上人が来られてから、皆、《お念仏》を称えるようになった。これは上人の『衆生教化(しゅじょうきょうけ)』のお力によるものだ。」と、書かれ讃えられております。合掌 
 おしまい