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紙芝居:「洪庵のたいまつ」 その5

・・・余談ながら、(わぁ~司馬遼調)僕は大学生の頃、三回ほどこの〔洪庵〕さんの作られた『適塾』に見学に行っている。
 今は中に入れるのかどうかは知らないが、昔(今から25年ほど前)は、見学できた。(僕の家からは自転車でも行けた)
 ほんとにこの狭い民家の中で、たくさんの学生達が、不眠不休で勉強していたのかと思うと、感動しまくりだった。(柱に刀傷もあったなぁ。ストレス溜まってたんやろなぁ・・)
 僕は、村田蔵六(のちの大村益次郎)が、試験が終る度に、この『適塾』二階の物干し場に出て、豆腐をアテに酒を飲み、試験後の疲れを癒していたと小説『花神』で読み、実際、(オンボロになっていた)物干し場に出てみて、感動したのを覚えている。
 この『適塾』、のちの『大阪大学 医学部』の卒業生で、この大学の教授になられた枚方市のホスピス医〔南吉一〕師と、のち御一緒に「紙芝居」を作る事になろうとは、その時、まだ知らなかった・・。(これも司馬遼調のパクリです)
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(紙芝居の続き・・)
 〔洪庵〕は、自分が長崎や江戸で学んだ事を、より深く、熱心に教えました。
 〔洪庵〕は、常に学生たちに向かってこう言いました。

「君たちの中で、将来、医者に成る者も多くいるでしょう。
 しかし、医者という者は、とびきりの親切者以外は、成ってはいけない。
 病人を見れば、『可哀想でたまらない』という性分の者以外は、《医者》に成る資格は無いのです。
 医者がこの世で生活しているのは、人の為であって、自分の為ではありません。
 決して、有名に成ろうと思わないように。
 又、お金儲けを考えないように。
 ただただ、自分を捨てて人を救う事だけを考えなさい。
 又、オランダ語を勉強したからといって、医者にだけ成る必要はありません。自分の学んだ《学問》から、人を生かし、自分を生かす道を見つけなさい。」と・・。 つづく(次回、最終回)