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紙芝居:『山伏・弁円(べんねん)と親鸞聖人』(その6:最終回)

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ワシは思わず叫んだ!
「親鸞殿、只今よりこの弁円、山伏を捨てます!」と言い、短剣を抜いて髪の毛をバッサリ切った。
 そして「私を弟子にしてください!」と頭を下げた。
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 こうして、ワシは山伏・弁円という名前を捨てた。
 そして、親鸞聖人から『明法房(みょうほうぼう)』という新しい名前を頂戴し、念仏者として新たな仏教者の道を歩むことになったのである。
 おしまい

(これで終わる訳にはいかんコーナー)
 13世紀末、親鸞聖人讃仰の為に本願寺第三代覚如上人によって、著された伝記『御伝鈔(ごでんしょう)』。
この中に、弁円は登場する。
 親鸞聖人を暗殺しようとして、一人草庵に乗り込むが、一目聖人を見たとたん、そのあまりの尊さに感激し、玄関先で涙を流して弟子入りをお願いする場面でこの段は終わるが、(そんな奴おらんやろーとひねくれた僕は)どうしても納得できなかった。・・で、この紙芝居は、弁円に草庵の中に入ってもらい、親鸞聖人に自分の半生を少しお話をしてもらい、それで弁円が自分自身を恥じ、弟子入りすることにした。(覚如上人ごめんなさい。)
 それでも、まだこの物語はおかしいような気がする。
 決定的な、人が納得する何かが足りない。
 だいたいこの話は、弁円が一人で暗殺しに行く所からおかしい。
 昔も今も、暗殺するにたった一人で堂々と行くのがおかしいのではないかと思われる。
 これは暗殺ではなく、喧嘩をしに行ったのでないかと僕は感じた。
 そして相当、弁円は念仏の教えの知識を仕入れてから、乗り込んだのではないだろうか?いや、喧嘩をする以前に最初から、弟子入りもありと考えていたように考えてしまうのは考え過ぎだろうか?
 とにかく、その後、熱心な念仏者として一生を過ごしたという、この弁円は悪人にはどうしても思えなかったのだ・・。