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紙芝居:「大石順教尼ものがたり」(その4)

余談ながら、なぜ、妻吉(のちの順教尼)は、自分の両腕を奪った義父を許したのであろう?しかも、長い年月を掛けて許したのでは無く、すぐにだ。・・恨んで当然なのに不思議すぎる。
 僕は、その事を大石順教さんの御孫さん(大石晶教さん)や、『大石順教尼記念館』の館長さん(萱野正己さん)にお聞きしてみた。
 するとお二人とも、同じことを言われた。
『順教尼さんは、義父の悪口を生涯一遍も言いませんでした。・・それだけ、義理の親子といえども、愛情が深かった関係なのだと思います』と。
 僕ならとても許せないが・・。未だに解らない、なぞの一つである。以上
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 義父の万次郎の死刑執行の日が近づいて来ました。
 万次郎の「一目会って詫びたい」との手紙を受け取った妻吉は、刑務所に向いました。
 万次郎は、妻吉に言いました。
「・・俺は自分の罪に苦しんでいる。なんで、あんなことをしたのか記憶にないんや。
詫びて済む事ではないが、どうしても、おまえに言いたい事があったんや。
わしは死んで地獄に落ちる。・・が、わしの魂は死なん!
 お前の身をきっと守る!
 呼んでくれたら、必ず助けに行くからな!」と、言ったそうです。
 こうして、万次郎は死刑になりました。
 妻吉は、万次郎の骨をもらい受け、大阪の四天王寺にお墓を建てて、供養したそうです。
 (※これも余談ながら・・、順教尼はこののち、様々な人生のピンチを向えますが、その時、義父の名を呼んで、その試練を無事に、乗り越えることが出来たそうです。地獄の閻魔さんもびっくり!) つづく
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(中川万次郎之墓:四天王寺)