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紙芝居:『先生にならなかったお坊さん』

『仏道修行は、指導者が、正しいか誤っているかに掛かっている。 弟子は〔良質の材料〕のようなものである。 指導者は〔大工〕のようなものである。たとい、良質の材料であっても、上手な大工の手にかからなければ、見事な材質が現れないであろう。たとい、曲がった材木であっても、名人の手に掛かれば、材木の価値はたちまちに現れるであろう』 (『学道用心集』道元著書より)
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昔、インドに、一人の若いお坊さんが住んでいた。
 このお坊さんは、まじめでたくさんの本を読み、毎日一生懸命、勉学に励んでいた。
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ある日の事、そのうわさを聞いて、一人の立派な大学の校長先生が訪ねてきた。
「おっほん、私はお坊さん養成の為の大学の校長であ~る。あなたの噂を聞いて、山越え谷越えやってきました。是非、私の大学で、生徒たちに勉強を教えていただけませんか?お願い致します」と言われた。
 この若いお坊さんは、それを聞いて「でも、私はまだ学問も浅く、とても《先生》などにはなれません」と答えた。
 すると、校長は「まぁそう言わず、ゆっくり考えて下さい」と言って帰っていった。
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 若いお坊さんは悩んだ・・。「私はまだ、人に教える程の学力・知識はない。しかし、この話はとても良い話だ。断ったら、もったいないなぁ」と思った。
 そう思いながら、一日の日課である托鉢に出た。
 そして、色々な事を考えながら歩いていると、その時、田んぼの中から「ゲコゲコ、グェー」と苦しそうに鳴く蛙の声が聞こえた。
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見るとそこには〔小さな水ヘビが、大きな蛙を飲み込もうとかぶり付いている姿〕があった。
 蛙も苦しそうだが、ヘビも飲み込めず、同じように苦しそうであった。
 それを横目に見ながら、お坊さんは町へ托鉢へと向かった。
 そして、夕方になって帰ってきた。
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 すると、田んぼから「ゲコゲコ、グェー」となんと、まだそこに、蛙を飲み込めぬヘビがいた。
 それを見てお坊さんは「バカなヘビめ!自分は小さいくせに、自分より大きな蛙を飲み込めるはずがないじゃないか!さっさと離せば良いものを、それも出来ないでいる。身の程知らずめ。あれじゃ蛙が可哀想だ。いつまでも苦しみが続いている。大きなヘビなら一口で蛙を飲み込み、苦しみも一瞬で終れるだろうに・・」と思った。
 その時、「ハッ」とお坊さんは思った。
 「このヘビは私だ!私のような未熟な先生が生徒を教えたら、生徒の学問の疑問はいつまでも続くであろう。私が大きな人物ならば、そんな心配はいらない・・。やはり、このお話はお断りしよう。私の学問に自信がもてた時、改めてお受けしよう」と思った。
そして、お坊さんは苦しむ蛙と水ヘビを引き離した。

 そののち、この若いお坊さんは立派な《先生》となり、やがて沢山の生徒たちを立派に育てあげたという。おしまい