住職のつぼやき[管理用]

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お寺は《社会の凝縮図》!?

 テロとの戦いはまだ〔国際社会〕で続いているようだが、僕のお盆参りの暑さと自分との戦いは無事に終った!(自分で言ってて意味がわからん!夏バテです・・)
 今年はお盆参りの最中、三ヶ寺のお寺の〔お盆法要〕に、《紙芝居法話》という形で『出前』させて頂いた。
 その中で、ひとつ〔心に残った〕御住職さんのお話を今回は書かせて頂く。
 こちらのお寺で、どのような《紙芝居》をさせて頂こうかと考えていたら、今回、御住職さんから〔リクエスト〕があった。
 それは、「先月、子供さんを亡くされ、落ち込んでおられる檀家さんのご両親を癒す為に、『子供を亡くしたゴータミー』という《紙芝居》をして欲しい」というものであった。
 僕の『紙芝居』に、人の心を癒す力があるかどうかはワカランが、そのお話を聴いて是非そのようにさせて戴こうと思った。
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 ・・幼い子供を亡くし、悲しみのあまり、死んだ子供を抱いたままインド中を走り回り、助けを求めるゴータミーという母親。
 おシャカ様は、ゴータミーに「お葬式を出した事のない家から『ケシの実』をもらってきたら、子を助ける方法を教えよう」と言われる。
 それを聴き、必死になって一件一件の家を訪ね『ケシの実』を求めようとするゴータミーであったが、世の中に《お葬式を出した事のない家(死別の悲しみを知らない家)》は、結局一件も無かった。・・が、ゴータミーは、それぞれの家で様々な〔別れのお話〕を聴かせてもらっている内に、誰もが経験しなければならない《真理》を悟る。そして人の思いやりや優しさにも気づくことができたというお話・・。
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 このお話を《死》をどのように受け入れるかという〔テーマ〕にしてお話させてもらった。
 ・・結果、その紙芝居を見られ、ご両親はタオルを顔に当てて号泣されていたそうだ。
 〔法座〕が終ってから、ご住職と僕は色々と話し合った。
 「あの流された涙によって、悲しみの気持ちが少し和らいだか、ハタマタ増幅させてしまったかどうかは、実際にご本人に聴いてみないとわからないが・・、本堂で話を聴かれ、号泣されている人を見るのは初めてで、不思議な感じがした」と正直に言われた。
 又、もっと不思議さを感じたのは、「号泣されているその人の横で、何もないかのように居眠りをされている人が居たという事実であった」と、言われた。
 そしてそれは、「片や戦争や貧困で悲しみ、今泣いている人がいると思えば、その一方、平和を享受して何も感じないで生きている人があるように、このお寺の本堂の中にも《社会の凝縮図》が確かに有り、それを見たような気がした」と言われた・・。
 この言葉は強烈だった!
 ご住職のおっしゃられたように、お寺であっても、人がそこに集まれば、そこに《社会の凝縮図》が間違いなくできる。
 『紙芝居』に沿ったお話を一つするにしても、単なる自己満足的・宗教観念論ではなく、今そこにある《現実の社会》に向き合う気持ちで真摯にお伝えしなければいけないと思った。
 ・・このような《御法座》とお出逢いできた事、又意義深いお話を聴かせて頂けた事、私心から喜んでおります。本当にありがとうございました。では又、来年!(来年度の宿題テーマじっくりと考えておきます・・。そのうち・・) 合掌

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