住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

自分の中の[善]と[悪]と[普通]

 この一か月間、ずっと『ジキル博士とハイド氏』という(人間の心の闇をテーマにした)紙芝居の制作を続けているのだが・・。
 ・・それでその間、絵を描きながら、又、セリフや文章を考えながら生活していると、僕自身が紙芝居の世界に入り込み過ぎ、今の僕ははたして「ジキル(善)なのか?ハイド(悪)なのか?」とばかり考え込んでしまって・・。
 もともと、僕は「内気な目立ちたがり屋」のような二重人格的性格なので(笑い)、このお話には入りやすい。
 だから、僕自身を投影しながら作っているのだが(ここも笑い)、それでもやはり人間の本質について、つい考え込み過ぎてしまう。
 すでにこの紙芝居は、もう95パーセントは完成しているので、そろそろ、このお話の世界から抜け出せると思っているのだが、・・今のところ僕は、このお話は[善]と[悪]をテーマにしたものではなく、[普通]と[悪=欲]を主題にしたものではなかったか?とも思っている。(原作者のスティーブンソン氏が聞かれれば苦笑されるだろうが。)
 [善]という言葉をそのまま使えば、それは[偽善]になるような・。だからそれは[普通]なのだ。
 つまり、ジキル博士は[善]ではなく、[普通]だったのではないか?
 [普通]と[欲]の対立・・とした方が、今の僕にはしっくりいく。

 ・・でもでも待てよ、[悪=欲]の行動そのものにも、善(=普通の言い訳)的要素が含まれているような気もするので、これもやはり[欲]と[普通]の対立ではなく、ただの[普通]の心の動きの話のような。・・ああ、訳がわからん様になって来た。

 そう考えれば、このお話は、極、普通の人の話となる。
 
 紙芝居『ごく普通人 ジキルとハイド』という題名に変えようかなぁ。・・いや『みんなのジキルとハイド』の方が楽しいか。待てよ、「あなたもジキル、私もハイド」がいいかなぁ~。(笑)

上に戻る