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紙芝居:『福の神と貧乏神』

 ・・この物語の最初に登場する《迷った男》のような〔質問〕を、実際に何度か聞いた事がある。
 その度にこの『話』を思い出す。
 これは時代を超越した〔普遍的テーマ〕の話かもしれない。
ファイル 119-1.jpg 〔仏教もの10〕『大般涅槃経』より
 昔むかし、ひとりの男が肩を落として、おシャカ様のお寺にやって来た。
 男はおシャカ様に言った。「どうして私はこうも運が悪いのでしょうか?ほとほと生きてゆくのが嫌になってしまいました。」と・・。
 おシャカ様はお答えになった。「何があったか知らないが、仏の教えに〔運が良い〕とか〔悪い〕というものはない。すべて《縁》によって生じるのだ」と言われ、次のような喩え話をなさった・・・。
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或る家に、光輝く美しい女性の旅人が訪ねて来た。
 家の主人が「何の御用か?」と尋ねると、女は「私は《福の神》と申します。どうか一晩だけ泊めてください」と言った。 主人は快く迎え入れ、手厚くもてなした。
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 しばらくすると、又ひとりの女性の旅人が訪ねて来た。
 彼女は自分を《貧乏神》だと名乗り、やはり一晩泊めて欲しいと言ったのだった。
 それを聞いて主人は、「今日は大切なお客様が来て下さっているのだ。お前なんか泊めるわけにはいかない。帰ってくれ!」と言って、戸をあわてて閉めた。
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 すると戸の外から、女の笑い声が聞こえてきた。「オホホホッ、あなたはなんておバカさんなんでしょう。その大切なお客さんというのは、私の姉の《福の神》でしょう。姉があなたの家に向かったので、私もあなたの所にやって来たのですよ。
 私達〔姉妹〕は常に一緒に行動しているのです。私を追い出せば、姉もいなくなりますよ。」と言った。
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「まさか!」と思って主人があわてて奥の部屋を開けてみると、すでに《福の神》は消えていた・・・・。
 
 おシャカ様はこのお話をされた後、目の前の男に次のような話をされた。
 『生があれば死があり、幸いがあれば災いがある。・・人はこの事を知らなければならない。 愚かな者は、ただイタズラに災いを嫌い幸いだけを求めるが、道を求める者は、この二つを共に越えていずれにも執着してはならないのだ』と・・。 おしまい