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紙芝居:「捨聖 一遍上人」(その5)

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 一遍さまは、自分の行っている『(念仏札を配り)、阿弥陀仏を信じて、救われてほしい』と、説いて廻ることは間違いなのではないかと、深く悩みました。
 そこで、本地仏(神と仏は本来、同体であるという考え)として[阿弥陀如来]が祀られている神社、『熊野本宮 証誠殿』に籠り、ひたすら祈りました。
 ・・すると、ある晩のこと、
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 ご神殿から、山伏姿をされた[熊野権現]さまが現われて、一遍さまに言われました。
(熊野権現)「・・念仏を進めている聖よ。お前は間違っている。
 そなたは、自分が人を救うつもりでいる。
 とんでもないぞ。
 阿弥陀仏が人を救うのじゃ。
 阿弥陀仏の救いはのう、もうすでに完成しておる。
 すでに数億年も昔から、その救いは完成しておるんじゃ。 だから、皆、もうすでに阿弥陀仏に救われることは決まっておるんじゃ。
 ・・自分が浄らかだとか、不浄だとか、・・信心があるとか、無いとか、そんなことは関係ない。
 すでに阿弥陀仏の救いは完成しているのだから・・。
 だから、お前はそんなことを気にせず、阿弥陀仏によって救われていることを、皆に自信を持って伝え、念仏を勧めれば良いのじゃ。・・一遍、自信を持って[念仏札]を配れ!」と告げられ、やがて消えてゆかれました。

(一遍)「そうだ、そうなのだ!・・私は自分がお札を配ることによって、人を救うつもりでいた。
 違うんだ!
 すでに、阿弥陀様は永久の昔より、我々を救ってくださっているのだっ。
 そのことに(皆に)気づいてもらうだけで良い。
 その為に、私はただお念仏のお札を配る。・・それだけで良いのだ。
・・ああっ、楽になった。」と、一遍さまは今ここに、大きな悟り(気づき)を得たのでした。
 つづく