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紙芝居:「円空上人と小さな仏さまたち」(その1)

 (・・まじめに、いや、はじめに)
 僕は、『円空(えんくう)』上人が好きだ。
 円空さまは、自由に生きた。
 旅に生きて、一夜の宿を願って、その時にお金が無ければ、木で仏さまを彫って、宿賃の代わりにしたらしい。(そのような仏様が、全国各地のお寺・神社、そして普通の民家に、今もたくさん残っている。
 円空さまは、生涯12万体の仏を彫ったらしい。
 もう一度いう。12万体だ。
 「僕も真似たい!」、もちろん、仏さまを彫るのではなく、紙芝居を作って真似たい。
そして、お招き下さる所へ自由に行き、紙芝居を演じたい。
 円空さまのような、12万作は、とても無理だが、願わくば、煩悩の倍数「216作」は作りたい。一作が平均12枚程度なので、全部で2592枚になる。
 現在、130本。・・お浄土に還るまで、はたして出来るだろうか? そんなことは、解らん。
 が、一作一作、紙芝居を作るたびに、このお話の主人公『円空』さまを意識している。
 つまり、円空さまは、僕の目標であり、夢であり、師匠なのである。
 それでは、紙芝居のはじまり、はじまり。 
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 皆さんは、『円空』という名前のお坊さんをご存知ですか?
 円空さんは、江戸時代中頃のお坊さんです。
 この方は、美濃の国(今の岐阜県)に生まれ、大人になってからは、日本中を旅して廻り、その旅の途中、12万体の仏像を彫られました。
 それでは、なぜ?円空さんが、仏像を彫ろうとされたのか?
 その旅の途中のエピソードを交えて、お話したいと思います。
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 幼い頃から、円空さんはお母さんとずっと二人ぐらしでした。父親の名は伝わっていません。(きっと何か訳があったのでしょう。ダースベーダーと一緒やな・・。いや、今の日本にも同じような・・、それはさておき)
 円空さん、六才の時、生まれ故郷で、長雨の為に大洪水が起りました。
 そして、円空さん親子は、濁流に巻き込まれてしまったのです。
 しかし、母は、溺れる息子の円空さんを、何とか助け出し、自分は水の底に消えていったのでした。 つづく