住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:「狭山池の底の石棺」(その5)

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(重源)「よっしゃ!皆の衆、石棺を堤の底へ、縦列に並べて伏せるんや!」と、重源和尚は声を掛けました。
 こうして〔石棺〕は、堤の〔取水部〕と〔放水部〕に、〔木の樋管〕を挟んで並べられました。(全部、石棺を並べるには、とても数が足りんかったんやね。・・だから、水の勢いが激しく壊れやすい〔入り口〕と〔出口〕の部分に頑丈な《石棺》を並べたんやね。)
 そして、やがて土が盛られ、石棺は堤の中に隠れました。
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 そして、次に重源和尚は、
(重源)「よしっ、次は《取水塔》を作るぞ!
 《取水塔》さえあれば、池の水を抜いて流したり、止めたりすることが自由にできるからな。・・いわば《木の栓》や。あちゃら語でいうと、スイッチや。石棺の口の開閉装置やな。」と言って、皆で《取水塔》を築きました。
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 この工事は、建仁二年(1202年)の二月七日より始まり、同年四月二十四日に終了しました。
 つまり、約三ヶ月間の工事でした。(早っ)
 工事を終えた民衆は、塞き止めておいた川の水を一気に、狭山池全体に流し込みました。
 「おぉーっ!」という歓声が沸き起こり、狭山池は水で満ち溢れてゆきました。
 そして次に重源和尚は、
(重源)「よし、一度、石棺を使って水を堤の向こうまで流してみよか。」と言い、取水塔の栓を上げる合図を出しました。
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 すると、池の水は石棺を通って、堤の向こう側へ、勢いよく流れ出ました。
 「おぉーっ」という又もやスゴイ歓声が巻き起こりました。
(重源)「よし、これでエエ、これでエエ。
 石棺の仏さんも、これできっと喜んでくれよう・・。」と、民衆の大歓声の中、重源和尚はひとり呟いたのでした。 つづく(次回、最終回)

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