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紙芝居:『親鸞さまがゆく』

 5月21日は〔浄土真宗〕の開祖、《親鸞聖人》の誕生日(新暦)である。そこで、今回は《親鸞様》のドラマチックな御生涯を紙芝居を通して紹介したいと思う。
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 今からおよそ八百年前、〔親鸞〕聖人は京都でお生まれになった。父は〔藤原の一族〕の流れをくむ《公家》であった。
 時は《源平の戦い》の真っ只中で、父もその戦さに巻き込まれ、一家は離散した。そして親鸞様は九才で出家得度をする事となった。
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そして親鸞様は約二十年間、比叡山で修行をする事になる。・・が、心の迷いを取り去る事ができず、ひとりで〔六角堂〕というお堂に籠り、やがて〔救済観音〕の夢のお告げを受け、生涯の師となる《法然上人》と出会う事になる。
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 こうして《法然上人》の弟子となった親鸞様は、熱心な《念仏信者》となり、ようやく〔心の平安〕を掴めたのだった。・・が、ちょうどその頃、バッド・タイミングで朝廷から《念仏禁止令》が出され、〔念仏信者〕達は皆罪人となり、親鸞様は《越後の国(新潟県)》に流される事になった。
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 厳しい越後での生活!しかし親鸞様は決して自分の信仰を捨てなかった。この地でも布教を続け、やがてこの地で結婚もされた。(この当時、僧侶が堂々と結婚するのは画期的な事であった!)
 親鸞様、四十二歳の時、ようやく罪が許され、関東での長期の布教を経てのち、六十二歳で京都に還られる。
 そして京都で〔執筆活動〕に入られ、『教行信証』などの多くの書物をお書きになる。
普通ならここで、〔めでたし、めでたし〕となるのであろうが、そうはいかなかった。
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 『ちゅ~と半端』な形で、関東から京都に帰って来た為、関東の地で〔念仏〕の教えに関して、自分勝手な解釈を称える〔異端者〕が多く現れパニックを起こし始めたのである。
 親鸞様はそれを収めるべく、自分の名代として息子の〔善鸞〕さんを派遣する。・・が、〔善鸞〕さんまでも異端者の仲間に入ってしまい、親鸞様は息子を《義絶》するという、苦渋の決断を下す。(いつの時代も親子関係は難しい・・うんうん) 
 ・・さらに奥さんの〔恵心尼〕様までも、この前の年には、実家に帰らねばならぬという事情が生じ去っておられ、親鸞様は年老いて孤独の〔ダブルパンチ〕を食らったのであった。
 しかし、落ち込む暇はなかった。それは次から次へと〔念仏の教え〕を乞う者が絶えなかったからである。(偉大な人って忙しいのね~)
 しかしさすがの親鸞聖人も人間である。やがて九十歳(この当時にしてはすごい長生き!)でお亡くなりになる。
 波乱万丈な聖人の御一生でした。おしまい

(・・余談になるが、この『紙芝居』は《裏バージョン》として『善鸞独白バージョン』という、『裏紙芝居』がある。これは義絶された善鸞さんが、父を非難しながらその生涯を語るという設定にしている。・・そうこの『紙芝居』は《グリコ》のお菓子のように一粒で二度おいしいお話なのである!・・又なんかの機会にはそれを書きます)