住職のつぼやき[管理用]

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阪神・淡路大震災から18年・・・

 阪神・淡路大震災から、今日で18年が経った。
 僕が、「お寺の出前」を(個人として)スタートしたのも、この年だった。

 僕はこの震災時、まだ今の『観念寺』に居なかった。
 大阪市内の、実家の酒屋で暮らしていたからである。
 あの時、大阪市内も震度5強であったと記憶している。
 あの日、三階の寝室で大きな揺れに目を覚まし、まずは子供部屋は大丈夫かと確認に行ったのを覚えている。
 その後は、すぐにテレビ・ラジオをつけて、震源地が神戸・淡路島であるという情報を得て、西宮の家内の実家にすぐ電話を掛けた。
 その時、うまく電話がつながり、両親の無事は確認できた。
・・が、電話の向こうでは、とにかく大変なことが起こっている様子だったので、妻とふたりで、食料品などを持ってすぐに西宮の実家に向かう。

 線路の曲がり落ちた阪急電車を横目に見ながら、そして傾いたマンション、ひび割れた道路、あちこちに垂れ下がっている電線を通り越して、僕と妻は苦楽園の実家まで歩いた。
 三宮方面から、疲れ果てた様子で避難して来られる多くの人々とは逆に、音の止む事が無いパトカーや消防車のサイレンを聞きながら、長い時間、危険な道を歩いて、ようやく実家に着く。
 とりあえず、僕等は両親の無事を確認し安心する・・が、正直(今だから言えるが、)震災後の方が大変だった。
 遅れる(水道・電気・ガスなどの)ライフラインの復旧は、精神的に両親を落ち込ませた。又、交通網の麻痺。そして震災の時のトラウマ。・・数え切れないほどあった。

 さて、僕はあの震災の後、震災復興のボランティアチームに入り、西宮・神戸などの被災地の避難地域、小学校や(テニスコートの上に立った)仮設住宅などを廻って、さまざまなお手伝いをさせて頂いた。(それは、この年の秋まで続いた)
 特に僕は、被災された方の(学校体育館や仮設住宅などでの)お話を傾聴するボランティアを任された。(おそらく、それは僧侶であったからだと思う)
 そして、被災地には、ただただ話を聞いてあげる人が必要であることを、この時確信する。
 ・・今思えば、その時の経験が、今の『お寺の出前活動』のルーツの一つになっているには間違いないだろう。
 あの阪神淡路大震災から、18年。・・又、東北で大きな地震が起こり、被災地の範囲が広がっている。
 範囲が広いだけに、こころの復興には、多くの人の協力が必要であろう。
 お寺の出前活動も、微力ながら少しでも、(阪神地区の被災された方を含めて)被災地の方がたの(何か)お力になりたいと考えている。
 
 

コメント一覧

抹茶ソフト 2013年01月18日(金)00時26分 編集・削除

ご住職様の思い、わかるような気がします。
なんと言ったらいいのか上手く表現できないですが、今、私自身何かしないといけない。そんな思いに駆られている状態です。

傾聴、必要ですよね。。
話すことは、(心から)放すことになるのかなぁと思います。

私もできるだけ、相手の心に寄り添い耳を傾けたいと思います。
自分がしんどいときは、思うようにいかないけど…。
(私自身が)話したくても、話せないときはどうしよう…と悩みます。

ご住職様の記事、定期的に拝読させていただいています。

ありがとうございます。合掌。

カンネン亭 2013年01月18日(金)12時37分 編集・削除

 これからの時代は、傾聴(ただ、ただ聞く)ということが、いかに大事かを、我々皆が認識してゆかねばならないと思っています。
 でも、それはとても難しいことでもあります。
 僕は、昔、ミヒャエル・エンデ作の『モモ』で、それを学びました。一度、読んで見てください。

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