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東大阪市:『清證寺』様の報恩講

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 昨日は東大阪市今米町にある『清證寺』様の報恩講法要。
 この日はお昼と夜の[二座]の法座があり、半日、お寺で過ごさせて頂きました。
 お昼の法座は『こども報恩講』。小学校低学年を中心とした法要です。紙芝居は『くもの糸』を中心とした解り易い作品を披露しました。
 夜は大人の報恩講法座。
 こちらは、大和川を付け替えた地元のヒーロー[中甚兵衛]さんが生まれた所で、甚兵衛さんの地縁血縁の濃い場所。
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(今米町に建つ中甚兵衛の記念碑)
 ということで、中甚兵衛さんの生涯を描いた紙芝居をさせていただました。
 そして最後は、一昨年亡くなられたこちらのお寺の住職とのお約束だった『金子みすづ』さんの紙芝居と詩の朗読会をみんなでさせて頂きました。
 これで、ほんの少し、お世話になったご住職への恩返しができたでしょうか・・?南無阿弥陀仏 合掌

和泉市:『西教寺』様の報恩講

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 今日は、和泉市の西教寺様への[紙芝居法話]。
初めてのご法縁でしたので、紙芝居「阿弥陀仏ものがたり」を中心にお話しさせて頂きました。
お寺のご家族の皆様、ご門徒の皆様にたいへん良くして頂きました。
ありがとうございました。合掌

大阪市城東区:栄照寺さまの[報恩講]

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 今日から三日間、報恩講紙芝居デイです。
 三日続けて、違うお寺に『紙芝居法話』に行きます。
 その第一日目が、大阪市城東区にある「栄照寺」様。
『報恩講』なので、親鸞聖人が主役の紙芝居「出家とその弟子」を中心にお話しさせていただきました。
皆さん、興味深く鑑賞してくださり、たいへん喜んで下さいました。
ありがとうございました。合掌

いつも、[紙芝居]の事を考えています

 いつも、僕は『紙芝居』制作について考えています。
 頭の中は、次回作の事(ストーリーやページ割りの配分、主人公の表情やセリフの事、色についての構成など)でいつもいっぱいなのです。
 もっと時間があれば、しっかりとした紙芝居が作れるのにと思っていますが、その時間を創り出すのが難しい。
 僕は、現役のお寺の住職なのです。
 やる仕事が毎日あります。
 檀家さん宅への月参りやら、年忌法要、お葬式、お寺の法要、お寺の事務、掃除、そしてお寺の来られる方の人生相談、さらに布教講演活動など・・。
 ああ、住職を引退したいと思うこともあります。
 そうすれば、紙芝居制作一本に時間が取れる!と、わがままに思ってしまうのですが・・、それはそれで生活するのがたいへんになってしまうので、やはり今みたいな生活配分がベストなのでしょうねぇ。
 後、何年生きて、後、何本作れるか解りませんが、とにかく僕の人生観・世界観・宗教観を絵に込めて、次回作・次回作に全力を費やしたいと思っています。
 ・・でも、もちろん住職の仕事もきちんとしますよ。(笑)

11月の寺カフェ

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 今月も[寺カフェ]は盛況だった。
 新しいお客さまも増え、コーヒーも売り切れた。
 来月から、もっとコーヒー豆を多く買わねば・・。
 本当にいつも準備から後片付けまで、ボランティアでお手伝い頂いている『観念寺仏教婦人会』の皆様、有難うございました。合掌

紙芝居:『にんじん』(その5 最終回)

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 ある日、いつものようにお母さんが
「にんじんっ、おつかいに行っておくれ!」と言った。
 が、僕は初めてお母さんの顔をしっかり見て、
 「嫌だよ。ママ」と答えた。
「・・なんですって!にんじん、あなた自分が何を言っているか解ってるの⁉」とお母さんは言った。
 「解ってるよ。でも、僕は行かない。」と、僕はお母さんをじっと見つめて言った。
 「・・・」
 お母さんは初めて震えた。
 そして、「お兄ちゃんっ、お姉ちゃんっ!ちょっと聞いて!・・にんじんが云う事を聞かないの⁉・・これはどういうこと⁉・・革命が起こったの⁉」と言って、この日を境に、お母さんは寝込んでしまった。
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 そしてその後、僕は初めて家族に手紙を書いた。
『お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、僕はこのまま家で生活をしていると、死にたくなってしまうので、遠くの学校に転校することにします。
 そう、お父さんと相談して決めました。
 そこは寮があるので、うちには帰って来ません。さようなら。休みの日には帰るかもしれません。にんじんより』と。
 みんなは何も言わずに、その手紙を読んだ。
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 こうして、僕は少し寂しかったけれど、家族から離れた。
 だけど、やがてたくさんの友達を作ることができたんだ。
 そして、その後、もう死にたくなる事はなくなり、明るく暮らすことができたんだ。 おしまい

(紙芝居のおわりに少し・・)
 何という、後味の悪い終わり方なのだ!
 家族が離れて、ハッピーエンドだなんておかしい。
 が、児童虐待の精神疾患⁉を持っているような母親とは、離れて暮らすことが(親子にとって)良策だったのだ⁉と思ってしまう。
 この物語は、半自叙伝だという、原作者ジュール・ルナールの日記では、その後、父も母も(自殺?といわれているが)非業に亡くなってしまう。
 現実も悲しい終わり方なのだ。
 母親のこころに何がおこったのだろうか?わからない。

 ところで(はじめに)のところで書いた、精神的虐待を実際に受けた友人に、この紙芝居を見てもらった。
 『・・自分は親にいじめられて生活してきたが、親と離れて住んで、初めて親の身持ちが解ったような気もするのです。』と言った。
 そして、『私を救ってくれたのは、この紙芝居の父親のような悩みの相談に載ってくれた多くの友人でした。』と付け加えてくれた。 終わり
 
 
 

紙芝居:『にんじん』(その4)

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ある日、僕はお父さんと二人で釣りに出掛けた。
 僕はお父さんに、ぼそっと言った。
 「父さん、僕は本当にお母さんの子供なの?」
『うん、間違いない・・。お前はお母さんの子供だよ。』とお父さんは言った。
 「じゃあ、なぜ?あんなに母さんは、僕をいじめるんだろ⁉」
『うん⁉・・母さんは一挙一動、お前を見ていると「自分自身の嫌な処を見ているようだ」と、言っていたことがある。・・自分が嫌なために、お前をいじめるのかもしれんなぁ・・?』と言った。
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 「でも、父さんっ。僕あんまり辛くて、この前、洗面器の水に顔をつけて死のうとしたんだよ。・・そしたら、母さんに見つかって、ひっぱたかれたんだ。」
『そうか、そんなことがあったのか・・。
 でも、にんじんっ、どうか死なないでおくれ。お前に死なれたら、私はどんなに悲しむか・・。
 私は母さんと仲が悪い。・・だから、あまり会話をしない。又、仕事が忙しくて留守がちだ。
 でも、にんじん、お前の事は愛しているよ。
・・そうだっ!にんじん、お前、遠くの学校に転校してはどうだ!・・その学校は寮があって、そこでは、友達と一緒に生活できるんだ。もう、家族と住まなくても良いんだよ・・。』と言って僕を抱きしめた。
 その時、僕は始めて、あたたかい父さんの血を感じた。 
 つづく

紙芝居:『にんじん』(その3)

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 僕は、おねしょをする癖があった。
 おねしょをする度に、お母さんは僕をきつく叱った。
 しかし、或る日、又僕はシーツを濡らしてしまった。
 ・・が、その日、お母さんは何も言わずにその濡れたシーツを持って部屋を出て行った。
 「にんじんっ、朝ごはんよ!」と、しばらくしてお母さんは僕を呼んだ。
 僕はテーブルについて、スープを一口飲んだ。
 僕はドキッとして、スプーンを止めた。
 それを見て、お母さんは笑いながら言った。
「汚い子ね。わが子ながら嫌になっちゃう。・・いいこと⁉あなた、自分のした[おねしょ]入りのスープを飲んだのよ。」と、言った。
 僕は「うん、たぶんそうだと思ったよ。」と言った。
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 ある日、僕はおでこに怪我をしてしまった。
 大量に出たおでこからの血を見て、僕ではなく、お兄ちゃんが「ギャー!」と言って気絶してしまった。
 お母さんが飛んで来て、僕ではなく、お兄ちゃんをそっとベットに運んで、冷たい水で頭を冷やして看病し始めた。
 僕は姉さんに包帯を巻いてもらった。
 そんな僕を見て、お母さんは言った。
「まったく、いつもこうなんだから!本当にどうしょうもない子ね!」と。
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 ある食事の時。
 お母さんは、僕に言った。
「あなたの分のメロンはありませんよ。私と一緒で、にんじんはメロンが嫌いだから。」と。
 本当は、僕はメロンが大好きだった。
 が、お母さんの言うことには逆らえなかった。
「さぁ、にんじん、メロンの残りの皮をウサギに持って行ってやりなさい!」とお母さんは言った。
 「はい。」と僕は答え、家族が食べ残した黄色い部分を、ウサギ小屋で一人懸命にかぶり付いたのだった。 つづく

紙芝居:『にんじん』(その2)

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お母さんは、僕が嫌いなんだ。 
 だから、僕をいつもいじめる。
 兄さんと姉さんは可愛がられるのに、僕はいつもいじめられる。
 父さんは、そんな僕を見てしらんぷり。 
 だから、僕の心はいじけている。
 ・・でも、本当はさみしがりやなんだ。
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 ある晩のこと。
 お母さんが窓から外を見て言った。
「あら、ニワトリ小屋の扉が開いたままだわ。お兄ちゃん、閉めて来て。」
 「やだよ。怖いもん。」
「それじゃお姉ちゃん、閉めてきて。」
 「私だって嫌よ。」
「あらっ、そうだわ。にんじんを忘れていた。・・にんじん、あなた閉めてらっしゃい!」
 「僕も怖いからやだよ。」
「何を言っているの!怖いですって!もうそんなに大きいのに。早く行きなさい!」と、お母さんは、僕に手を挙げた。
 僕は泣く泣く、ニワトリ小屋の扉を閉めに行った。
 勇気を出して閉めて帰ってきたら、みんなしらんぷりをしていた。
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 ある時、父さんが、鉄砲でキジを射止めて帰って来た。
 キジはまだ生きていた。
 お母さんが僕に言った。
「にんじん、キジを料理しなきゃなんないの。早くいつものように、キジの首を絞めてしまいなさい。」
 「やっぱり僕、キジの首を絞めるのやだなぁ・・。」
「何言ってるの!それは男の仕事でしょ!」と、お母さんは怒鳴るので、僕は目をつぶってキジの首を絞めた。
 キジは羽根をバタバタして必死で抵抗した。
 そして、やっと動かなくなると、お母さんは僕を見てつぶやいた。
「まぁ、残酷な事。あなた、心の中では喜んでるんでしょう。・・ぞっとするわ。」と言った。 つづく

紙芝居:『にんじん』(その1)

 (はじめに)
僕の友人に、昔、実の母親に『精神的虐待』を受けた者がいる。(今は幸せに過ごしているが。)
 それは、子供の頃の事なのだが、今も鮮明にその体験談を話してくれた。
その話を聞いて解ったことは、大人になった今も、心は深く傷ついている・・ということだ。
 又、その話を聞いて、僕は『それって、外国の児童文学[にんじん]と一緒やん⁉』とも思った。
 心理的虐待をテーマにした半自伝的児童文学、ジュール・ルナールの『にんじん』である。
 そしてこの話、今こそ『紙芝居』にすべきだと思った。
 それが、今からお話する紙芝居『にんじん』である。
 尚、この紙芝居はラストが小説とは少し異なっている。
・・敢えて、そうした。それを最初に述べて始めるとする。
 それでは、紙芝居『にんじん』のはじまり、はじまりー。
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 《母につけられたあだな にんじん》
 ジュール・ルナール原作
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 僕は『にんじん』と呼ばれている。
 髪の毛が赤くて、もじゃもじゃしているからかもしれない。
 そんなあだなを付けたのは、お母さんだ。
 お母さんは僕を名前で呼ばず、『にんじん』と呼ぶ。
 だから、お父さんも、兄さんも、姉さんも、みんな僕を『にんじん』と呼ぶんだ。 つづく

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